伊藤と死にゲー 中編
翌日。伊藤とダンジョンに潜った。伊藤は各階層の地形、出現するモンスター、トラップのほぼすべてを把握していた。事前に聞いてはいたが、実際に目にすると驚く。
「ここのモンスターは無視して大丈夫だ」
「ここにはトラップがある。足元に気をつけろ」
こんな調子で伊藤とほぼ最短で五層まで下った。出現するモンスターも少しづつ強くなってはいるようだが、そこまで強くないらしい。伊藤による殴る蹴るの攻撃だけで倒すことができた。どいつも一撃で倒すせいで、俺はただついていくだけだった。
五層と六層を繋ぐ階段の途中、体育館ほどの広さの部屋についた。
「ここは何の部屋なんだ?まだ六層にはついていないだろ?」
「ここはボス部屋だな」
「ボス部屋?」
「ああ、初めてここに来た時、階層の割にはデカくて強いモンスターがいたんだよ。ちっさい羽が生えた太っちょのデーモンが。しかもそのデーモン、他のモンスターと違って倒しても復活しなかったんだ。だからボス部屋って呼んでる。通っていないだけで他にもボス部屋はそこそこあるよ」
「そんなゲームみたいな」
「俺はこのダンジョンを作った転生者がゲーム好きだったんじゃないかって思ってる」
確かに表れるモンスターがどれもゲームに出てきそうな見た目をしているような。いや、地上でもスライムとか見かけるし......。
「ってその話だと、お前が初めてそのボスを倒したのか?」
「ああ。俺が来た時、ちょうどここでダンジョン攻略が止まっていたんだ」
「すげーなお前」
「あのデーモン足元への攻撃が苦手らしくてな。それに気づいたらすぐに倒せたよ」
そんな簡単なものなのだろうか。
「まあここはどうでもいい。さっさと進もう」
伊藤はそう言って部屋のちょうど対角に位置する階段へと向かった。
六層はトラップ主体の階層になっていて、モンスターにはほとんど遭遇しないらしい。この階層は中央に巨大な毒沼が配置されている。毒沼地帯は視界が悪く、足も取られやすい。毒と言っても実際は酸性の液体(酸性、アルカリ性がこの世界にも存在するのかは知らないが、とにかく肉を溶かす類の液体だ。)で、毒沼の中で悠長にしているとすぐに靴が溶け、足元がぐずぐずになってしまうらしい。
伊藤はこの毒沼地帯を迂回するのではなく、まっすぐ横切るつもりらしい。
「本気で横切るつもりなのか?」
「ああ。ここを横切るだけで、この階層のほとんどをスキップできるからな」
「入って大丈夫なのか?」
毒沼はマグマのようにぼこぼこと泡立っている。
「毒沼に入る前に足を濡らしておいて、出てから水で洗い流せば短時間なら問題ない。ちょっとしみるけどな。そのために水を多めに持ってきたんだ」
そう言って伊藤は履いていた靴を脱ぐ。
「裸足で入るのか?」
「魔力を足に集中させておけば数分は持つ。靴は脱げよ。あっという間に溶けちまうから」
毒沼は生暖かくてふかふかしていた。ここで死んだ生物が柔らかい層を作っているのだろう。内心かなり気持ち悪いが、肌触りは悪くなかった。
毒沼地帯は数分で抜けることができた。毒沼を抜けると、七層への階段の目の前に出た。伊藤は足についた毒を洗い流しながら言った。
「この階層しんどいよな。今では楽に突破できるけど、いまだに苦手意識がある」
「始めてだったらこの毒沼を突っ切ろうとは思わないよ」
「ああ。この近道を知ったときは感動したよ」
伊藤の言う通り、”毒”は水で流せば何ともなかった。ただ、足がちょっとかゆくなった。
七層。敵の強さがまた一段階上がった。纏っている魔力は今までの階層とは桁違いだ。
2メートル半はありそうなゾンビらしきモンスターは伊藤の攻撃でも一撃では倒せなかった。禍々しい魔力を纏うこいつを、果たして俺は一人で倒せるのだろうか。倒せるとは思うが、無傷では済まないだろう。
あのレベルのモンスターが出現するのなら、素手では不安だ。念のため剣を作っておこう。そういえば伊藤はずっと素手だ。あの戦いぶりを見ると素手で十分なのかもしれないが、少し気になる。
「お前の剣も作ってやろうか?」
伊藤はすこし考えてから言った。
「いや、いいよ。この辺の敵は動きもよく知っているし、必要ない。渡辺もまだ魔力を温存しといてくれ。俺だけで対応できるから」
「そうなのか」
伊藤の言葉には経験に基づく安心感、安定感があった。少し心配ではあるが、実際ありがたかった。剣をつくるとかなり魔力をつかうからな。
次は八層。
七層と八層を繋ぐ階段は他の層を繋ぐものよりもかなり長かった。その演出(?)に緊張が高まる。
「八層はどんな層なんだ」
伊藤に聞く。伊藤はキョロキョロしている。
「いや、知らん。八層は今日初めて来たからな」
嘘だろこの男。今まで伊藤に感じていた安心感が一瞬で消えた。
「そんな無責任な」
思わずそんな言葉が出た。今まで伊藤の情報だけでダンジョンを進んでいたと言っても過言ではない。その情報がないと思うと。冷や汗が出てきた。
「大丈夫なのか?」
「まあ何とかなるだろ。俺の後ろを離れるなよ」
もしかしてこの男は今までこのノリでダンジョンを攻略してきたのだろうか。俺は迷わず剣を作った。八層のモンスターは七層以上に強力だろう。
小部屋についた。宿二部屋分くらいの広さのこの小部屋にはライオンのようなモンスターが一匹。グルル。涎を垂らしている。立派なたてがみが風もないのに揺らめいている。纏う魔力は七層のモンスターとそう変わらない。
「まかせろ」
そう言って伊藤は前に出る。
瞬間、ガウッという鳴き声とともにライオンが消えた。
「うおっ」
ライオンは一瞬のうちに伊藤の腹にかみついていた。全く見えなかった。まずい。
「うらっ」
伊藤は体をひねり、ライオンの頭をぶん殴る。骨が砕ける音がした。
「おい!大丈夫か」
伊藤に駆け寄る。ライオンは死んでいた。頭部がひしゃげている。伊藤はライオンの死体をそっと引き離す。噛まれたところから大量に出血している。
「大丈夫大丈夫。ちょっと噛まれただけだよ」
「ちょっとじゃないだろその血の量。見せてみろよ」
傷はほとんどついていなかった。せいぜいカッターで浅く切った程度。確かに大量に血が出ていたはずなんだが、ライオンの血だったのだろうか。それにしても、どんな肉体をしているんだこいつは。硬すぎるだろ。
「大したことないだろ?」
傷自体は浅いが......。俺はもう帰りたくなっていた。
「この辺でもう引き返そうぜ。悔しいけど、俺はこのダンジョンに挑むには力不足だ。さっきのライオンの攻撃なんて全く見えなかったし」
「まだ引き返すには早いだろ。大丈夫。俺にも見えなかったから」
何が大丈夫なのかわからない。
「まあまあ、取り合えず一回落ち着こう」
伊藤はそう言って腰を下ろし、傍らのライオンの死体を手に取り、素手で皮を剝ぎ始めた。
「何やってんだお前」
理解が追い付かない。べりべりという音とともに気持ちいいほどきれいにライオンの皮が剝がされていく。
「ダンジョン飯ってやつだよ」
こいつモンスターを喰うつもりなのか。
「うまいのかそれ?」
「それは、喰って見なきゃわからんな」
ライオンはあっという間にずる剥けになっていた。伊藤はライオンの右後ろ脚をひねって外す。
「どう調理するんだ?」
「そりゃそのままよ」
そう言って伊藤は生でライオンの足を食べ始めた。むしゃむしゃごくん。言葉が出ない。こいつはダンジョンの潜りすぎで頭がおかしくなってしまったのだろうか。
「お前も食ってみろよ。うまくはないが、精が出るぞ」
そう言って伊藤はもう片方のライオンのもも肉を差し出してくる。生臭さがここまで漂ってきた。とてもじゃないが喰う気にはならない。
「いや、いいよ。」
「そうか」
伊藤は少し悲しそうにした。
それからも、伊藤は無言でライオンを食べ続ける。俺はそれをじっと見ている。
「なんでモンスターを喰うんだ?地上から食料を持ってきているじゃないか」
「それはそれ、これはこれ、だよ。ダンジョンのモンスターを喰うのは俺の習慣みたいなもんなんだ」
「習慣?」
「ああ。ここのモンスターたちは魔力でできてるって言っただろ?だから喰っても腹の足しにはならない。けど、喰うと力が湧いてくるんだ」
「なんだそりゃ」
気持ちの問題なのだろうか。
「じゃあなんで今までは倒したモンスターを喰わなかったんだ?」
「あいつらはザコだからな。喰う意味がない。時間の無駄だ」
「ごちそうさまでした」
気が付くと伊藤はライオンを平らげていた。骨だけがきれいに残っている。いろいろ考えても仕方がない気がしてきた。
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