伊藤と死にゲー 前編
俺は東方大陸のヅンゲという村に向かっていた。ヅンゲ村の近くにはダンジョン、地下迷宮への入り口あるらしい。そのダンジョンにはお約束と言えるだろう、数多の恐ろしい魔物が跋扈しており、最奥には一生遊んで暮らしても余りあるほどの財宝が眠っている。と言われている。命知らずの冒険者たちはそのお宝を求め、ヅンゲ村のダンジョンへと挑戦していた。
俺がヅンゲに行くのはダンジョンのためではない。碌な魔法も使えないのにダンジョンに潜り続ける転生者がいるとの噂を聞いたのだ。
魔法が使えない転生者と聞くと米澤を思い出すが、あいつがそんな命知らずな事をするとは思えない。それにあいつは今南方大陸にいたはずだ。つまりどういうことかというと、まだ会っていないクラスメイトがそこにいる。ということだ。
俺は急いでヅンゲ村へ向かった。俺が着く前に死なれたら困る。
ヅンゲ村に到着した。小さな村と聞いていたが想像以上に活気がある。通行人はちょっとした街よりも多いし、何より宿や飲食店が多い。ダンジョンに挑む冒険者たちの需要に応えたものだろうか。
「お兄ちゃん観光客?ダンジョン焼きどう?」
露店が立ち並ぶ通りを歩いていたら露店のおばさんに話しかけられた。手には紙に包まれた丸い焼き菓子のようなもの。
「あまくておいしいよ!」
「じゃあ一つください」
「まいどー」
せっかくなので買ってみた。丸く焼かれた生地の中には甘い餡子のようなものが入っている。うん、これは今川焼だな。
ダンジョン焼きを食べ歩きしながらヅンゲ村の大通りを歩いていると何となくこの村のことが分かってきた。どうやらこの村は観光で成り立っているらしい。誰がダンジョンに観光しに来るのか、とかダンジョン一本で観光産業は成り立たなくないか、とか気になることは山ほどあったが現にこの村は栄えている。この大通り「ダンジョン通り」には出店が所狭しと並んでいてなかなかの光景だ。もしかしたら立派な城下町がある城のようなものなのかもしれない。城だけでは観光する気にならないけど、城下町があるのなら行ってみようというあれだ。
到着一日目ということで、観光をしつつ、情報を集めることにした。とりあえずこの"ダンジョン下町"から。
気が付いたら4時間ほど経っていた。恐るべしダンジョン下町。聞き込みも何回かしてみたが、観光客ばかりでどうしようもなかった。ダンジョン下町の終点、ダンジョンへの入り口のすぐそばにはダンジョン記念館という建物が立っていた。資料館と言う名前とは裏腹にダンジョングッズの販売とダンジョンツアーの案内をしているだけの施設らしい。ダンジョン攻略に役立つ情報でも知れるのかと思ったのに、期待して損した。
次の日。まだ気になる店や物は山ほどあるが、とりあえずダンジョンに向かうことにした。
ダンジョンの入り口は人でごった返していた。ダンジョンに潜ろうとしているツアー客が多いのもあるが、ここにも出店がいくつかあり、それ目当ての客も多かった。腕の立つ冒険者らしい人間は......いなかった。ダンジョンのお宝目当ての冒険者がいる、というのは嘘だったのだろうか。
兎にも角にも、ダンジョンに入った。ちなみに、ダンジョンに入る際、入場料を取られた。
ダンジョンは階層に分かれていて、一階下るごとに現れるモンスターが強くなっていくらしい。各階層はいくつかの小部屋、大部屋、それらを繋ぐ通路、そして下の階層へとつながる階段でできていて、階層が深くなるにつれて各階層はより複雑になっていき、四層以降では恐ろしいトラップも仕掛けられるようになるそうだ。
一層。赤いレンガで構成されたこの階層にはほとんどモンスターがいなかった。いてもスライムや食虫植物なんかの小型なものばかり。そいつらもそこら中をうろうろしている警備員のおっさんたちにすぐに駆除されていた。(鎧やそれらしい制服を身に着けたりはせず、見るからに私服のおっさんだったため、途中まで警備員だとは気づかなかった。)モンスターよりもツアー客の方が多いくらいだったし、開けた空間には出店も出ていて、地上部分とほとんど変わらなかった。ダンジョン焼きの屋台もあった。何の趣も無くて笑える。「二層はこちら→」という看板に従ったらすぐに二層へ下る階段が見つかった。
「お兄さんツアー客?」
二層に下る階段を降りようとしたら階段脇にいる警備員に止められた。
「いや、一人です」
「ここから先、出てくるモンスターが強くなってくるから気を付けてね」
「わかりました。ありがとうございます」
腕前を試されでもするのだろうかと一瞬身構えたが、そういうわけではないらしい。誤って二層に潜ってしまうのを止めるためにここに立っているのだろう。
二層。この階層は石づくりで、洞窟の中のような雰囲気だ。この階層もモンスターはそこまで多くなかった。現れるモンスターも強くて蛇型のモンスター程度で、難なく先に進めた。ダンジョンツアーでは一層までしか潜らないため、見るからに観光客な人はほとんどいなかったが、それでも護衛付きの集団が何組かいた。二層には一層のような順路の看板はなかった。単に出していないだけなのか、あるいはこれも誤って三層へ潜ってしまうのを防ぐための対策なのだろうか。
「お、やっと見つかった」
漫然と歩いていたせいで途中迷いかけたが三層への階段が見つかった。ここには警備員はいなかったが階段のそばに看板が立っていた。
「「この階段は三層につながっています。腕に自信のない人は引き返してください。
これより下の階層では遺体は回収されないものと思いましょう」」
物騒だ。
三層。ここは青っぽいレンガで構成されいていた。ここまで来て気づいたが、各階層でデザインが統一されているのだろうか。わかりやすくていいが、不思議だ。何の意味があるのだろう。この階層にはモンスターがほとんどいなかった。ただ、モンスターの死骸が転がっているので誰かが一通り駆除した後なのだろうか。転がっている死骸はスケルトンのものだろうか。この階層はすこし手ごわそうだ。魔力で剣を作った。片刃でそこそこの長さ。装飾はほとんど無い。剣というよりも刀だが、俺の魔法は厄介なことに剣しか作れないのだ。刀や他の武器を作ろうとすると失敗してしまうため、最近は剣の定義を広げるためにいろいろと工夫している。
「なかなかの出来だ」
少し進むと人の叫び声が聞こえた。
「どりゃあああ」
三層ではまだ人間に遭遇していない。どんな奴か気になるので向かうことにした。
開けた部屋にはオル人の大男がいた。身長は二メートル程度だろうか。大男といっても平均的なオル人ぐらいだ。大男は素手でスケルトンを殴っていた。周りには砕けた骸骨がどっさり。
「どおおりゃあああああ」
小気味いい音とともにスケルトンが吹っ飛ぶ。俺の足音に気づいたのか男が振り返った。
「む、見ない顔ですな。観光客の方ですかってあれ?渡辺か?」
この男は俺のことを知っているらしい。俺にはオル人の知り合いなんてほとんどいないのだが。
「俺だよ俺。伊藤だよ。まあこんなになってたらわからんか」
「あー伊藤か!」
全く気付かなかった。転生者は転生する地域によって種族が変わることがある。東方大陸ならオル人。北方大陸ならエルフ。西方大陸ならイカーラ人。といった具合だ。その理論で行くなら南方大陸ならサリア人になりそうなものだが、サリア人は元の世界の人間とほぼ見た目が変わらないからよくわからない。確か佐藤もオル人に転生していた気がする。
とにかく伊藤はオル人として転生したらしい。伊藤は高校時代からかなりガタイが良かったが、さらにでかくなっていた。そして、オル人らしく肌は真っ赤。よく見れば伊藤らしさはあるが、言われなければとてもじゃないがわからない。
「転生者は珍しくないって聞いてたからもしかしたら、とは思っていたけど、まさか本当に会えるとはなあ」
「お前が無事なうちに会えてよかったよ。聞いたぞ?このダンジョンに潜り続けてるんだろ?」
「ははは。そう簡単にはくたばらんよ。おっと」
後ろから音もなく近づいていたスケルトンを伊藤は殴り倒した。一切気配がなかった。
「このあたりから敵が一気に強くなるから。気をつけろよ」
「あ、ああ。ありがとう」
伊藤がいなかったら危なかったかもしれない。魔法が使えないと聞いていたが、伊藤にはそれを感じさせない安心感があった。
「とりあえず地上に戻ろう。積もる話もあるだろう」
ダンジョンを出て、伊藤が使っている宿に行くことになった。大通りから少し外れたところにある「ダンジョン宿」という宿だった。
「なんだこの名前」
「安直でいいじゃん。この宿、宿泊代はちょい高いけど、ダンジョン割って言ってダンジョンに潜った客はその日の飯が一食タダになるんだよ」
「ダンジョン宿」に入った。一階は食堂になっているらしい。椅子と机が並んでいて、中央奥には円形のよくあるバーカウンターのようなものがある。まだ飯時にしては早いのか客は2、3人しかいなかった。
「あれ?いないな」
「どうした?」
「いや、この時間なら店主がいると思うんだけど。っていたいた」
話していたらちょうどエプロンを着た男が店の奥から現れた。ほぼ平均的なサリア人だ。この男が店主なのだろう。店主がオル人の大男に気づいた。
「おっイトウ!まだ死んでねーのか」
「おかげさまでな」
そのやり取りで伊藤がここにきて長い時間が経っていることが分かる。
「そっちのは?」
「こいつは渡辺。俺の前の世界での知り合いだよ」
「おー本当にいるもんなんだな」
「どうも」
それから手近な席について飯を食いながら近況報告をすることにした。店主は宿泊していない俺の分の飯までタダにしてくれた。提供されたのはドライカレーっぽいスパイスのきいた米料理と鶏肉のから揚げっぽいものだ。どちらもうまい。
「酒飲むのか?」
「ああ。せっかくだからな。お前も飲めよ」
酒を飲むのは久しぶりだ。ちなみに酒は有料らしい。
「どうだ?うまいだろ?」
料理を口にして早々、伊藤がうれしそうに聞いてきた。
「ああ。特にこっちの鶏のから揚げはぷりぷりでうまいな」
夢中でがっつく。
「鶏?そりゃ蛙だよ。ダンジョンガエル。ダンジョンの裏の池でとれるんだ」
鶏じゃなくて蛙だったらしい。
微妙に骨が多い蛙のから揚げに苦戦しながら伊藤の話を聞いた。伊藤が転生したのはヅンゲ村のすぐ近く。自分の体の変化に戸惑いながらも、とりあえず目と鼻の先にあったヅンゲ村に向かい、その時ちょうど買い出しに出ていたここのマスターに出会った。その時からこの「ダンジョン宿」に泊まっているらしい。ここが異世界であること、自分が転生者であることはそのときの店主との会話で知ったそうだ。
「転生者は大抵すごい魔法が使えるって聞いたんだが、どうにも俺には一般魔法しか使えない」
伊藤が悲しそうに言った。
「渡辺はどうだ?」
「俺の魔法は剣を作る魔法」
そう言って試しに剣を作って見せた。中世っぽい重厚感のある剣で、ロングソードといった感じのものだ。酒が入っているせいで出来は良くない。
「おー」
伊藤が感心している。照れちゃうな。
「この魔法便利だけど、たぶんそれほど強くはない。自分の体調で剣の出来はまちまちだし、気を抜くとすぐに剣が消えちゃう。それに、結構疲れる」
伊藤は眉を微妙に歪ませていた。
「やっぱアニメと違って、甘くないのかもなー異世界」
伊藤はダンジョンに潜ることで生計を立てているそうだ。
「お宝はまだ見つけられてないんだけどな、ダンジョンの情報が高く売れるんだよ。どんな敵がいるのか、とかどこにどんなトラップがあるのかとか」
聞くところによると伊藤は今ダンジョン攻略の最前線に立っているようだ。魔法が無いから、最低限の一般魔法と肉体の強さで攻略しているのだと言う。すごいやつだ。おかげで村からの補助金ももらえていると伊藤は笑う。
話を聞いていてふと気になったことがある。
「ダンジョンの魔物を持ち帰ったりはしないのか?皮とか骨とか鎧とか、金になりそうだけど」
「ダンジョンは大昔の転生者が作ったものだって話は聞いただろ?ダンジョンは全部そいつの魔力でできてるんだ。だからダンジョンの外に出すとモンスターたちは生きていようが死んでいようが消えちまう」
それだけではなく、ダンジョンに現れる魔物は、仮に倒されても一定時間が経つとどこからともなく湧いてきて、元の状態に戻るようだ。そして、魔物たちは繁殖もしない。その性質からダンジョンの外の魔物と区別するために、ダンジョン内の魔物はモンスターと呼ばれているそうだ。
「不思議だよな。きっと魔力が循環してるんだよ。まあサステナブルってやつかもな」
伊藤はそう言って一人で笑っている。なぜ魔力が枯渇しないのかとか、ダンジョンを作った転生者はもう死んでるだろ、とか気になることは山ほどあるがどうせ聞いても分からない気がした。この世界の魔法には理不尽なことが多々ある。
それから俺の話をした。これまでの旅の話。
「クラスメイトを探すために一人で旅をしてるって、相変わらず真面目だな。お前は。さすがは委員長」
伊藤はそう言って笑った。
「馬鹿にすんなよ」
「悪い悪い」
ごまかすように伊藤は酒を煽る。伊藤の顔が赤いのはもともとだが、俺もだいぶ酒が回ってきた。もう長いこと話し込んでしまっている。店内も混んできた。
「渡辺、お前もダンジョンに行かないか?そんなことしてる暇はないって言うのなら無理に誘う気はないが」
正直に言うと、伊藤の話を聞いているうちにダンジョンには興味が湧きはじめていた。もちろんそれなりに危険はあるのだろうが、ダンジョンのプロフェッショナルである伊藤がいるのだ。危険は事前に教えてくれるだろう。
「せっかくだし付いて行ってみるよ。いい経験になりそうだからな」
「じゃあ早速明日にでも」
伊藤は嬉しそうにそう言った。
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