君かぁ、
「あー、モッリーね。」
「モッリー?」
「平森君の事ですよ。最近は見てないね、バンドがギクシャクしちゃってるからね。」
「何かあったんですか。」
「ん~、知らないの?でも、どうしようかなモッリーの名誉に関わるしね。」
天井を見上げ、悩む店員を前に権田始は頼みこむ。
「教えていただけるとありがたいのですが。」
「え~、どうしよ。」
しばらく、店員は頭をかくとヒソヒソを話し出す。
「ないしょっすよ。バンドメンバーに彼女が寝取られちゃったの、平森君。」
先ほど聞いた話の信憑性が上がり、補足が追加されたが所在に関しての情報ではない。
「そりゃひでぇ。」
この話の知らない里山は割り込むようにつぶやく。
「でしょ、ひどいですよね。しかも自分が寝取ったって事になっているらしいし。」
「そりゃひどいですね。ちなみに、どこにいるかとかわかりますか。」
始は強引に話を引き戻す。
「あぁ、そうでしたね。多分、ファミレスで時間つぶしてますよ。あそこの角を左に行ったところのファミレス。」
「ありがとうございます。」
「平森さんですよね。」
「そう…ですけど。」
覗き込んできた顔に驚くと疑いの目で渋々と答える。
「我々、こういうものです。」
見せた警察手帳に疑いの目がさらに強くなる。
「まぁ、他の人の邪魔になるんで座ってください。で、僕に何のようですか。」
「春日野大也についてです。」
「誰ですか。」
「貝浜達哉さんと言えばわかりますか。」
『ガタッ』
平森の腰が浮く。
「おじさんに何かあったんですか。」
「いえ、何かされたと言うより、何かした側として逮捕しました。それで貝浜さんを雇っていた平森家の人達に聞いてまわっているんです。」
「おじさんは何をしたんですか。」
「それはまだ言えません。」
「なんで?自分たちはだんまりで俺だけに一方的に聞くのかよ。」
平森は顔が少し赤くなると同時に口調が荒くなる。
「それに関しては大変申し訳ありません。でも仕事なので、単刀直入に聞きます。貝浜達哉さんの偽名に気づいていませんか。」
「知らねぇよ。帰れよ。」
平森が周りにも聞こえる声量で怒鳴ると里山が横から話しかけてくる。
「これ、あれですよ。いろんな事が重なりすぎて精神がまいってんすよ。無理っすよ。」
そんな事でやめたら情報が得られないと感じたが、それ以上に言葉に納得した。なぜなら目の前の平森はほぼ
「そうだな、また家にお伺いします。」
次への布石をつくると戦略的撤退と言わんばかりに去る。
後ろを振り返るとまだ茹で蛸の平森と里山が同情で置いた何百円かがあるだけだ。
「息子が不憫としかいいようがないですね。」
里山が車内でボソッともらす。
「だが、一番話が聞けてないのも息子だ。それに明日は俺がいないしな。」
「こんな事件起きたのに休暇なんていいな~。」
里山がふてぶてしく言い放つ。
「葬儀だよ、葬儀。」
「え、それはすみません無神経で。」
始が訂正すると里山はすぐに謝罪をした、こんな事ができない人が増えている中で謝れる里山は根から良い奴なのかも知れない。
「親戚では無いけどね、上司の娘さん。」
「それでも俺は無神経でしたよ。」
「故人を侮辱してるんだったら怒ったけど、別にそれぐらいなら事情を知らなかった場合言っても仕方ないよ。」
そういって始は話と行く道をかえる。車1.89台ぐらいだろうか、それほどしかない狭い道路を通るとうずくまっている人を見つけた。
「大丈夫ですか。」
貴重なスペースを使い停車すると、男に声に掛ける。刑事の性とでも言うべきだろうか。
「はい、大丈夫です…。薬あるんで、」
胃の辺りを抑えた会社員と思わしき男はそうつぶやくと薬を飲み、ゆっくりと立つ。
「心配してくださってありがとうございます。改めまして、私こういうものです。」
渡されたのは名刺。電話番号、会社名が書かれており、中でもでかでかと書かれたのが
うずくまって声を掛けると大丈夫と返される。始は思い出したように聞く。
「このような事はよくあるのですか。」
「お恥ずかしい事なんですが、たまに起きちゃいますね。この間も小学生に水貰っちゃって、もちろん水代は感謝の意味も込めてお金を渡しましたよ。」
始は気が抜けた。これが「大丈夫ですさん」の正体だからだ。
今回は春日野が捕まったから良いが、それは結果論であり、ただの勘違いで再捜査をしていたら、きっと骨折り損になっていたからである。
安倍を見送ると二人は車に戻り、警察署へと向かう。きっと共犯がいる、せめて綾花さんの葬儀が始まる前の今日の内にそう願い、里山と二人で捜査資料に目を通したが、現実は非常、時計の針が回るのは早く、葬式の行われる次の日へと突入した。
「じゃあ、俺、一旦家に帰るわ。」
「了解です。先輩、力になれず、すみませんでした。」
里山は深々と頭を下げようとしてきたので、手で止める。
「やめろよ、お前だってこんなに頑張ってくれたじゃないか。」
そういうと始は穴が空くほど読み返した資料を指差す。
「それにまだ事件は終わってない。時効でもない。」
「そうですよね。俺、もうちょい確認します。」
「わかった、だが体調は崩すなよ。」
始は家の風呂と喪服の黒スーツを目指して警察署を出た。
人身事件。 斎藤 三津希 @saito_zuizui
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