平森源一郎

「はい、平森源一郎です。」

 小さな会社だからか、たまたま暇だっただけか、すんなりと会えてしまった。

「●●県警●●署の権田です。」

「同じく里山です。」

 警察手帳をみせると、平森は驚きから徐々に警察にお世話になるような事はしていないという顔に変え、臨時対戦モードへと移行しているのがわかる。

 渋々というのか、最低限のおもてなしとして、別室に案内され、豪邸よりかはランクダウンしたソファに腰をかけると奥から、いれて運んでくれた茶がおかれる。

「それで今日はどんな御用で。」

「あなたの家で雇っている使用人に貝浜達哉という使用人にがいますね。」

「はい、いますが、それが…何か。」

「いえ、偽名だったんですよ。その事について平森さんは知っていますか。」

 先ほど和代さんにした質問の使いまわしだが、果たして源一郎はどう反応するか。

「えっ…いえ、まったく知りませんでした。もしかして、私は何か疑われてますか。」

 反応は微妙だ。いや、むしろ疑われていると思う、こっちの方が自然か。

「いえ、むしろ逆です。我々は疑いを晴らしたいんです。」

 そう言うと権田はビジネススマイルをみせる。

「あの…貝浜の本名って何でしょうか。」

「春日野大也という指名手配犯です。」

「まっ、まさか。いや、そんな…。」

 里山の返答に平森は座っていたソファから急に立ったとおもえば、少し静止した後、また腰をおろした。

 演技か?その行動にたいして、始の最初に思った印象はその一言につきた。この行動も忘れずにメモをせねばならない。

 始のメモを書く手はまだ止まっていないが、どうやら平森の喋る口も止まらないらしい。

「しかし、何故私に話を?家には、まるで帰っていませんから使用人はおろか家族すら、ろくに会っていませんよ。まぁ、会っても喧嘩ばかりなんですけどね。」

 平森は苦笑いしながら話すが、本人ですら苦笑いするような話は部外者がただただ微妙な空気になるのでやめてほしいと始は切実に願った。

 何とか場の空気を戻そうと里山が口を開く。

「な、何について喧嘩するんですか。」

 どこを深掘りしてるんだ。やめてくれ、里山。そんなのもっと暗い空気になるだろ。始の本音のつぶやきでも、心の中では通じない。

「いや、バンドなんかじゃ食っていけないってなってね、こっちは家族を支えるために中小ながらも会社を軌道に乗せようと苦労をしたけど、精神的にまいっちゃってましてね。そこまでして頑張ったのに、不眠になって薬まで飲んでる自分と比べると怒りが抑えられなくてね、でも今言った事行っても聞く耳持たずですよ。お恥ずかしいばかりです。」

 静かになった部屋はエアコンの音が響く。どうやら平森家は夫婦揃ってその場の空気を気まずくする才能があるらしい。

「えっと、まぁ、じゃあ、我々はここら辺で。」

「あっ、はい。じゃあ、車でお送りします。」

「いえ、車で来てるので…。」

「そうですよね、すみません。」

 そういって逃げるように部屋、会社をでると一目散に車に乗り込む。

「気まず…。」

 里山がこぼす。

「まぁ、一旦あれは置いておこう。次は息子だぞ。」

「息子さんって大学生っすよね。」

「そうだが、どうかしたか。」

「いや、気まずくならないといいなって思っちゃって。」

「さすがに息子まで周りを気まずくさせる才能はないだろ。」

「そ…っすかね、だといいんだけど。」

 二人は駄弁りながら、平森家の息子の通う大学へと向かう。

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