貝浜達哉

『ピンポーン』

 鳴らした呼び鈴も豪邸のおかげか上品に聞こえる。

 始と里山が待っていると数十秒の時間が経った。

「留守かもですね。」

 里山は声量を抑えヒソヒソと囁く、留守だと思うなら声量は気にしなくて良いのではないかと始が思ったのも束の間、返答が返ってくる。

「はーい、すみませんねぇ。使用人が不在なものでして、あのどちら様でしょうか。」

「警察です。その使用人の方についてお聞きしたい事があるのですが、今からお話伺ってもよろしいでしょうか。」

「警察の方でしたか、すみません、今開けます。」

 婦人と思われる声がそういうと、大きすぎる扉から予想通り婦人が出てきて、門を開けてくれる。

「●●県警●●署の権田です。」

「同じく里山です。」

 そう言って警察手帳をみせると婦人のどこか疑いの残った顔から疑いが消える。

「あら、本当に警察の方なのね。すみませんねぇ、警察の方とは縁もゆかりもないと思ってたから、ちょっと疑ってたの。最近、年寄り狙った詐欺が多いらしいし、あなたたちの聞きたい事、答えられることなら答えるわ。」

「ありがとうございます。では、少しお話を…。」

「ここじゃ寒いでしょ。家にあがってください。」

「じゃあ、お言葉に甘えて、行こう里山。」

「はいっ。」

 そういってあがった家は外観通りの内装がひろがっている。案内された客間の高そうなソファに腰をかけると婦人が慣れない手つきでお茶を持ってきてくれた。

「改めまして平森和代ひらもりかずよです。それでうちの使用人に聞きたい事というのは…。」

「じゃあ、まず確認なんですが、この家に住み込みで働いていらっしゃる使用人の貝浜達哉さんがいますよね。」

「はい、貝浜さんなら今朝から姿が見えませんが、うちで働いています。もしかして何か貝浜が事故を…。」

「まぁ、それはおいおいわかるとして。貝浜達哉という名前は偽名だって知っていますか。」

 単純に質問に答えてもらう。ただこの事に対する反応で黒か白、どっちに近いかを知りたい。

「えっ、それは、どういうことですか。貝浜さんは…、えっ、すみません。ちょっとわからないです。」

 和代は動揺というより、驚きで言葉がしどろもどろになって話している。

「和代さんはここに住まわれて長いですか。」

「はい、旦那と結婚して越してきたので、もう20年ぐらいになるのかな。」

「じゃあ、春日野大也という名前は知ってますよね。」

「はい、知ってますよ。指名手配の人で強盗殺人でしたよね。」

 春日野大也という言葉には動揺なし。和代からは見えない角度でメモをする。

「強盗致傷です。そして、貝浜さんの名前を出した後、春日野大也の名前を出したということは薄々お気づきかも知れませんが…。」

「嘘っ…。まさか、貝浜さんが…。」

 始の言うことに気づいたのか、始の話を遮り口元を手で抑え驚きはじめる。

 一方で始は和代の反応についてばかりメモをしている。


・平森和代→反応は白寄り、演技の素振りも感じない。初めて貝浜という人物が春日野と知った可能性大


 これで演技だったら恐ろしいと思いながら、始は和代に遮られた続きを話す。

「えぇ、貝浜達哉は春日野大也でした。」

「じゃあ、貝浜さんは…。」

「今、警察署ですよ。」

「そう…なんですね。」

 少し部屋の空気が重くなったような気がしたが、それよりお茶をのむだけでだんまりを決め込む里山の方が気になって仕方がない。

 始がお前も色々聞けという意味をこめた肘をトントンと軽く里山にあてると正気に戻ったかのように里山が喋りだす。

「あぁ、えぇと…、ご家族の中に貝浜さんの正体に気づいていた人などはいませんか。例えば旦那様とか。」

「旦那は…どうでしょう。自慢じゃないんですけど、旦那は小さな会社ですけど社長を経営しておりまして、会社を軌道に乗せるために、家に帰ってくることさえ、たまになので旦那はないと思います。」

 そういうと思い出したかの様に和代は再度語りだす。

「もちろん、息子も違いますよ。仲は良かったけど、犯罪者だって気づいてたら仲がよくなるわけありません。お二人もそう思われるますよね。」

「確かに…。」

 口に出すな里山、そう突っ込みたい所を我慢して、和代の言ったことをメモする。

 しかし、どうしたものか、共犯者はおろか、証拠すら見つからない。そもそも共犯者はいるのか、本当にあの二つの事件は関連しているのか、俺が都合のいいように頭の中で解釈してしまっているのではないのか。

 一旦、もうここに用はない。そう感じた始は整理の追いついていない頭を冷やすためにも平森邸を里山と一緒にあとにする。

 車に乗り込むと気のぬけた声で里山は語る。

「和代さんは絶対白すよ、白。」

「決めつけんな、演技だったらどうする。意外な奴が犯人はよく聞く話だろ。だから決めつけんな。」

「はい…。」

 里山は子犬のようにシュンとする

『キュロロロロ』

 始は里山に釘を刺し、車にはキーを差す、かかったエンジンは音をあげ、車内が暖まってくる。

「そういや、なんでここきたんすか。」

 里山が純粋に質問してくる。きっと二つの事件と関連してるかもしれないなんて言ったら最後、皆に言いふらすだろう。あくまで二つの事件の関連は自分自身の憶測であり、まだ証拠すら見つかってすらない、それを言いふらされ、大騒ぎされたら、何もなかったでは許されない。それを危惧した始は少し誤魔化しながら言う。

「春日野のスマホが破壊されてた、共犯者の存在を隠すために壊したと思ってここにきたんだよ。ここの家の住人が一番春日野に近かったわけだからな。」

「へぇ~、そうなんすね。じゃあ、和代さんも要注意ってわけだ。」

 お前が騙されやすくて助かったぞ、里山。そう始は思ったが、それは果たして事件を調べる刑事として良いのだろうかと感じた。いや、嘘は言ってないか。

「とりあえず、俺は共犯者の線をかなり怪しくみてる。」

「じゃあ、次は父親か息子、どっちに聞きにいきますか。」

 始が時計を確認すると、まだ午前10半だった。

「まぁ、先に父親の方いこうか。社長さんなんだろ、遅くに行って今日は会えませんなんてごめんだからな。」

「了解っす。えっと平森さんの会社はあぁ、えっと…●●の●丁目●●- ●です。」

「もう一回言ってくんね、カーナビにそこ目的地するから。」

「じゃあ、俺がやります。」

 里山がカーナビを設定すると二人を乗せた車は目的地へと進む。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る