春日野大也

『バンッ』

「お前がやったんだろ。」

 机に叩きつけた手の音と権田の声が取調室に響く。

「はい、私が行いました。私が殺しました。」

 権田は呆気にとられる、まさかこんな簡単に春日野が認めるとは思わなかったからだ。顔を豆鉄砲を食らった鳩から刑事へと戻すと権田は取り調べを続ける。

「何故殺したんだ。」

「たまたまですよ、たまたま。」

「たまたまだと、おい、人の命を奪っておいてたまたまとはなんだ。たまたまとは。」

「金に困ってて、そしたら防犯意識っていうか戸締まりのゆるい家があった。だから盗みに入った。で、たまたま鉢合わせたから殺しました。」

 人殺しをふてくされて語る春日野に権田は怒りの感情があらわになりそうになるが、相手のペースに操られている状況を察し、少しずつ冷静さを取り戻す。

「なるほどな、じゃあ、その件についてはわかった。だが、お前何か隠してんだろ。」

 春日野の顔が少し曇るのを権田は見逃さなかった。

「お前は綾花さんの殺人も関与してるだろ。」

「いいえ、そんな人存じ上げません。」

「いや、お前だろ。わかるんだよ。」

「違うと言っているだろっ。」

 春日野の口調が荒くなり、声が少し裏返る。権田は確信した、こいつは嘘をついている。そして、もう一つの殺人、道下綾花さんの件にも関与していると。

 一旦、取り調べる刑事が変わると権田は事件現場へと足を運んだ。

 事件現場は●●市●●×丁目●-●●に位置する●●荘の201号室で起きた。権田は現場に到着すると警察手帳をみせ、キープアウトの先へと進む。

 どこか生活感を感じられる部屋は事件が起きてすらなかった様に感じられる。改めて事件の概要を確認するためメモ帳を開く。


●月●日(月)

・警察にホームから女性(所持品の学生証から道下綾花と判明)を突き落とした男がいるとの通報。通報者は多田寿士。

・駆けつけた警官による捜索が行われるが、その日は特徴通りの不審な男は見つからなかったため、通報者多田寿士に不審な男の特徴について改めて聞いた後、帰宅。この際聞いた男の特徴に「春日野大也を老けさせた様な顔」と多田は語る。

●月×日(火)

・202号室の住人が指定のごみ捨て場へごみを捨てに行くと、腐敗臭がすると101号室の大家に伝える。確認しに来た大家が臭いの発生源となるゴミ袋をやむを得ず開封すると、家庭ごみの中にバラバラに解体された201号室の住人・多田寿士の遺体の一部とみられる物を発見、警察に通報。

・駆けつけた警官が大家の持つ201号室の鍵で201号室へ突入、部屋の中には残った多田と思われる遺体を新たなごみ袋に詰めている春日野大也を現行犯逮捕。


 多田寿士殺害事件については火曜日に起きているが、権田は月曜日に駆けつけた通報について書かれたメモのページに視線を落とした。

 月曜日のメモは武さんの娘さんの綾花さんの訃報を知らされ、二人で駅に向かった時、駅の近くで起きた通報に娘に会うべきだと説得し、権田だけが現場へ駆けつけた際に記したメモだ。

 やはり、おかしい。権田は心の中で呟く。多田寿士が綾花さんを殺した犯人をみたとの通報のした次の日に殺害された。

 しかも、犯人は老けた春日野大也の様であり、多田を殺害した人物は八年ぶりに姿を現した春日野大也、老けた春日野という情報も一致している。間違いない、春日野は綾花さんも殺害している。

 だが、証拠がない。まだ不明瞭な部分もある。とりあえず、鑑識に新たに何か見つかったどうかを聞きに行くとしよう。 

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