事件は続きがある
『カランコロンカーン…』
扉に取り付けられたベルが店内に響く。
「いらっしゃいませ、お一人でしょうか。」
静かだが上品のある声で店員は接客をする。この時点で俺はこれは素晴らしい喫茶店だと確信した。
「いえ、先に一人来ていると思うんですが…。」
レトロとお洒落を兼ね備えた店内を見渡すと窓際によく知っている白髪の入り交じった中年の男がアイスコーヒーのグラスを結露させながら待っているの見つけた。相手もこちらに気づいたらしく、片手を上げ、手首を細かく刻みながら、こちらを手招きしている。
「おーい、こっちだ。」
店内の他の客に気を遣ってなのか、程々に抑えた声量で俺を呼んでいる。
俺が席に着くと刑事ながらの
「久しぶりだなぁ、ゴンタ。お前元気だったか。」
「武さん、俺はゴンタじゃなくて
すると、店員がお冷やを持ってくる。
「ご注文お決まりでしょうか。」
「えぇ、じゃあアイスコーヒーを。」
「おひとつでよろしいですか。」
「はい、お願いします。」
そう言うと店員は店の奥へと消えていってしまった。注文が終わると始はきりだす。
「けど、俺を呼んだって事は何かあったんでしょ。」
「ゴンタは話が早くて助かるよ。また現れたかもしれないんだよ、あいつが。」
武さんこと
「あいつと言うと、もしや春日野大也の事ですか。」
「あぁ、そうだ。警察様が八年間探して未だ見つけられない春日野の事だ。あいつは俺らがバディだった時に唯一取り逃がした犯人だ。」
「あいつがどうかしたんですか、まさか見つかったとか。」
「いや、そうじゃない。ゴンタは「大丈夫ですさん」って知ってっか。」
「いえ、全然知りませんでした、大丈夫ですさんって何すか。」
「春日野が主にこの市で強盗を行っていたのを知ってるよな。」
「はい、もちろんです。確か関東を中心に活動していた窃盗団の元一味で警察が一斉逮捕の際に別拠点にいた春日野と窃盗団の他の片割れを捜索中に起きた事件ですよね。」
「あぁ、そうだ。逃走中にも関わらず、連続でひったくりを行い、三度目の事件で被害者に抵抗された際に隠し持ったナイフで刺して逃走。その被害者の情報により、現在捜索中の窃盗団の一味だと判明、警察は強盗致傷で指名手配したが今の今まで見つからず、事件は風化の一途を辿っちまってるって現状だ。」
武雄は苦い顔をしながら淡々と事件について説明する。
「それは知ってますけど、その「大丈夫ですさん」となにが何が関係あるんすか。」
「まぁ、聞けよ。「大丈夫ですさん」ってのはな、妖怪つうか、都市伝説みたいなもんなんだよ。夜になるとうずくまってる状態で現れてだな、心配になった人が「大丈夫ですか」って声を掛けるとな、大体は「大丈夫です」って返ってくる。それだけなんだが、しかし、まれに声を掛けても「大丈夫です」って返ってこないらしい、そうなると声を掛けた奴は次の日から姿をくらまして行方不明になるらしい。」
その話を知った権田は頭の中が何故という言葉でいっぱいとなり、その話の異様さから、安心感と懐かしさを兼ねているテーブルを意味なく睨んでいた。
「ちょ、ちょっと待ってください。それは春日野の犯行の手口と同じですよね。なんで、それが都市伝説なんかに。」
春日野の手口はこうだ。まず、道端でうずくまり、体調不良の人物を装い、声を掛けてきた人の身なりを見て、盗る程の物がなかったら「大丈夫です」と答え、盗る程の物だったら襲うというものであり、その都市伝説とやらにとても似ている。その謎がぐるぐると権田始の頭の中を回っている。
「この市で起こった事だからな、この周辺の大人達が、そんな奴に自分の子供が声を掛けないようにするための注意喚起だよ。ちょっと誇張されてるが知らない奴についていかないための意味も含めているから、もしくは、年月が経ちすぎて話に尾ひれがついちまったんだろうな。」
「なるほど、まぁ、それは理解しました。けど、それが何か元バディの俺を呼んだ関係あるんですか。まさか、ただの都市伝説語っただけじゃ…」
「そんなわけないだろう。最近この辺りでな、この「大丈夫ですさん」を見たって人がいるらしいだよ、しかも一人じゃない複数人だ。」
始の言葉を遮るように武雄は言う。しかし、始も負けじと頭に浮かぶ疑問を口に出す。
「まさか、それじゃ春日野は、ずっとここにいたということですか。ありえない、警察はこの市を中心に捜査していたんですよ。」
「ずっとここにいたのかどうかは、関係ないんだよ。最近になって戻ってきただけかも知れない。だが、ここにいるのは間違いはない。」
「証拠はあるんですか、武さん。」
「それは曖昧だな、犬の散歩、買い物、帰宅途中、時間も場所もバラバラだが、うずくまってる人物がいるのを目撃したとの証言の人がちらほらだ。わざわざ警察に相談したのは一件だけだがな。」
「でも、なんで一件だけなんでしょうか。そんなに目撃証言があれば、もっと警察に相談するはずですよ。」
「言ったろ、これは八年前の事件で風化してんだよ。それに道端でうずくまってる人がいても、具合が悪い人なのかなですますだろ。」
「じゃあ、何で警察に相談したんでしょうか。」
「どういうことだ。」
武雄は始の発言に動きを止め、顔を近づけて、その意図を知ろうとする。きっと元バディじゃなくても、この状態の道下武雄を見たら、どれだけ春日野大也の事件に真剣かが伝わるだろうと感じる程だった。
「いや、武さんの話を聞くと警察に相談しない方が普通じゃないですか、じゃあ、何で警察に相談したんだろうって。」
「この地域に長く住む爺さん婆さんじゃないのか、あの歳の人達からしたら八年前なんて昨日も同然だろ。」
それは失礼なのではないかと思ったが、自分でも、どこからが失礼か分からなかったので指摘はしない。そもそも失礼うんぬんを話してる時間などない。始は問いかけた。
「武さんは確認したんですか、その相談者を。」
「…いや、まだだ。ゴンタとの情報共有と協力要請が最優先だと思ったからな。」
「じゃあ、俺は協力しますので、確認しに行きましょう。善は急げですよ。」
そう言って席を立とうとするが、ちょうど店員が持ってきた淹れたてのアイスコーヒーが俺の動きを止める。
「これ飲んでからでも…。」
「いいよ、全然。ゴンタに言われて気づいた事も多い、まとめる時間が欲しかったんだ。」
そう言うと武雄は優しい顔に戻り、半分をきった自身のアイスコーヒーの量を俺が飲みおえる時間に合わせようとしてくれている。こういう相手を焦らせない気遣いができるから武雄には結婚も子供できるのかと自分の左手薬指と比較して悲しくなるばかりだった。
「うまっ。」
「だろ。」
最近は喫茶店の倒産が多いようだが、このコーヒーをつくれる店は生き残ってほしいものだ。
「そういや、武さん。なんで春日野が、ここにいると断言したんですか。」
アイスコーヒーを片手に始は唐突に疑問を投げかける。
「聞きてえか、ありゃあ、勘だよ勘、長年の刑事の勘。」
根拠も証拠も無いがこの一言は正しいと俺は感じた。元バディだからだろうか。直感的にだろうか。とりあえず薄まる前に俺はアイスコーヒーを口に運ぶ。
やはり、これを作れる店なら倒産しない。さて、これ飲み終えたら、どこから聞き込みをしようか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます