金で買えないもの

 この世には金で買えないものがある。

 自室のベッドに腰を掛けた平森源一郎ひらもりげんいちろうは己の体験から、そう実感していた。あの頃に戻って買えるなら喜んで買っていただろう。

 平森は自分がまったく写っていない家族のアルバムを見て、悲しみと純粋な歳による疲れが混じったため息をはく。

「あの頃に戻れたら、いや、あの頃ではなくてもいい。今からでも家族の関係を良好にできたら良いのに。」

 平森は中小企業の社長で、かなり裕福な生活を送っているが、ここまで会社を軌道に乗せるまでに紆余曲折しており、家族や家庭といったものは二の次で自分の子供の好きなもの、好きな食べ物、趣味すらも知らなかった。

 ちゃんと家族に向き合ったのは息子が反抗期の頃だった。しかし、自分に向けられた視線はひどく冷たくて、それは反抗期の息子だからではなく、自分を父親として認めていないからだと悟るのに時間はかからなかった。それだけならば、どんなに良かった事か、息子がこんな眼をするのは、今まで会社ばかりに費やしていたからであり、これから家族に時間に費やせば元に戻せると思っていた。

 ある日の朝、息子は雇っている使用人と仲良くしていて、その中に本当の父親の自分がいないのにも関わらず、まるで本当の親子の様で、何も知らない人がみたら仲の良い親子と見える。いや、本当の父親の自分から見ても、そう感じるのだから、誰から見ても仲の良い親子に見えるに違いない。確かあの日からだった。もう家に自分の居場所はないと悟ったのは。

 最初の頃は息子、妻にも話をかけるように心がけた。妻は会社ばかりの自分との会話を大事にしてくれたが、息子は話かけても、あぁ、うん、などの返事ばかりで、そんな態度の息子に自分は怒鳴ってしまった、今思えば後悔している。

 そこからは息子は自分と口を利かないどころか、目を合わせようともしなくなり、社員一同で軌道に乗らせた会社の利益を自分のポケットマネーとでも勘違いしてるのか妻を通して金をせびる息子に成り果てた。

 あの時、怒鳴らなければ。起業なんてせずに普通に会社で働いて普通の暮らしをしていたら、考えれば考えるほど、平森の心には不安に不安が積み重なってゆく。

「あぁ、眠れない。またか…。」

 そう言うと平森はベッドから重い腰をあげ、自身のバッグをガサゴソと探す。でてきたのは、病院で処方してもらった不眠用の薬で、眠れないのは日に日に悪くなる息子との関係に心が悲鳴を上げたからとのことらしい。

 平森は薬とテーブルにあらかじめ置いておいた水を飲むと、冴えた目を落ち着かせる様に目を瞑る。しかし、依然として脳は活発に動き続ける。

「明日、もう一回病院へ行こうかな…。」

 そうつぶやくと、また眠ろうと平森は目を閉じ集中し始める。

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