社畜

 最近、ミッキーの著作権がきれたそうだが、自分は頭の血管が切れそうだった。

 会社の壁に掛けてある時計を確認すると、すでに夜十時半をまわっており、自分以外が帰宅してしまったオフィスでは、寂しさ半分、仕事量への怒り半分のキーボードの音が響く。

 自分の顔なんか、今朝の洗顔時ぶりにみていないが、今の自分の顔は表すとしたら虚無と言う顔をしているだろう。

「ようやく終わったよ、やっとだ。」

 そうつぶやくと、長時間の負担をかけていた腰を伸ばすと、収容された経験は無いものの刑期を終えた囚人のような解放感を得た気がした。

『プルルルルル……』

 自分への電話だ。そんなことはわかっている、単純に出たくないのだ。深呼吸ともため息ともとれる大きな息をすると、覚悟を決め、解放感で輝いていた眼を曇らせた後、さっとスマートフォンを手に取り電話にでる。

「もしもし安部あんべです。」

「あっ、もしもし安部くん、少し頼みたい事があるんだが…」

 もう話の内容なんざ覚えていない。夜にかかってくる上司からの長いわりにつまらない電話なんか何の役にも立たないんだよ。

 安部の心でこんな事をつぶやかせる程の電話とはいったい何か、簡単である、仕事の追加だった。

「絶対やめてやる、いつか絶対やめてやる。……いや、無理か。」

 子宝に恵まれ、第二子が小学校に通っているのに仕事を辞めるなんてとんでもない。だいたい、この歳で高卒の俺を雇ってくれる企業が他にあるのか、考えれば考える程、キーボードを打つペースが遅くなる。

「痛っ、いて、痛い痛い痛い。」

 ストレスで空けられた胃の風穴は、安部の遅くなった仕事のペースに罰を与えるように襲ってくる。少し痛みが落ち着いたら、安部は慣れた手つきで薬を飲む。

 プーさんの著作権は無くなったが、己の仕事は無くならない。そんな現状に嫌気がさしながらも、キーボードを打つ手は止まらない。

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