難聴系主人公のフリをしていたら耳鼻科に連れてかれた

マノイ

本編

「でね、ほたるったら近藤こんどう先生の授業中に寝ちゃってさ~」

「マジか。勇気あるな。宿題マシマシだっただろ」

「そうそう。土日が潰れるって嘆いてたけど自業自得だよね」

「そもそも何であの宿題ペナルティ野郎の授業で寝ちゃったんだ?」

「それがね~」


 高校からの帰り道、俺は幼馴染のJK、夏目なつめ 夢露めろんと肩を並べて帰宅していた。


 夢露は学校のアイドルではないが普通に可愛く、何よりもキラキラネームにふさわしいメロンの持ち主。


 高校生にもなって一緒に帰宅しているのであれば付き合っているのかと思えるかもしれないし、実際にそう思われることも多いのだが、まだ付き合ってはいない。

 俺は夢露のことが好きだし、夢露も俺のことを間違いなく好きだと思う。

 それにも関わらず関係が進んでいないのには理由がある。


「ねぇ拓馬たくま、聞いてるの?」

「え、なんだって?」


 突然だがここで問題だ。


 可愛い異性からモテる魅力的な男性の条件とは何か。


 顔か?

 性格か?

 金か?


 いや違う。

 正解は『鈍感力』だ。


 より具体的には異性に対して『え、なんだって?』と気付かないことが重要なんだ。


 古今東西多くのラノベを読み込んだ俺だからこそ分かる。

 多くの主人公(男)共はヒロイン達の好意に気付かず、良いムードになったとしても空気を読まずに『え、なんだって』を連発する。ヒロインはそのことを不満に思いながらも何度もアタックを続けて関係が強化され、最終巻にてようやく結ばれる。


 つまり、好きの気持ちを高めるための儀式として『え、なんだって?』が重要なのだ。

 鈍感で焦らす男こそが女性に好かれるのだ。


 ラノベがそう言っているから間違いない。


「またぁ? 最近拓馬ったら私の話を聞いて無い事多いよね」

「そうか? 気のせいだろ」

「気のせいかなぁ……この前だってきゃっ!」

「うおっ!」


 帰宅ルートの公園内を通過中、突風が吹いて来て思わず目を瞑ってしまった。

 なお、夢露のスカートがめくれ上がるなんてことはない。

 それは漫画やアニメの世界であって、現実と二次元は違うのだ。


「凄い風だったね」

「ああ、そうだな。春一番ってやつか?」

「何言ってるのよ。もうすぐ夏でしょ」

「……お、おう。そうだったな」


 春に吹く一番強い風のことを春一番って呼ぶんじゃなかったのか?


「それより拓馬覚えてる?」

「何をだ?」

「小さい頃もさ、ここで遊ぶと良く突風が吹いて何度も転んじゃったよね」

「そんなこともあったなぁ」


 夢露とは家が近所で小さい頃は良くこの公園で遊んでいた。

 当時の記憶はもうあまり無いけれど、言われてみて突風のことを思い出した。


「拓馬は先に風に慣れて、私が転びそうになるといつも助けてくれた」

「そりゃあ放って置くと泣き出して面倒だったからだよ」

「くすくす、そうだったね」


 別に当時はそれ以上の深い意味は無かった。

 少なくとも俺はまだ友達としか思ってなかったからな。


「でも本当は拓馬が優しいから助けてくれたんだと思うよ」

「なんでだよ」

「だって拓馬はずっと私を助けてくれたもん」


 おや、この空気はもしかしてアレか。

 鈍感チャンスか?


「名前で揶揄われた時にも助けてくれた。クラスの子の筆箱を壊した濡れ衣を着せられた時に庇ってくれた。友達と喧嘩した時に仲裁してくれたし、お祖母ちゃんから貰った大事な髪飾りを無くした時には必死に探してくれた」


 そりゃまぁ、その頃には夢露のことが好きだったからな。

 好きな子が困っていたら助けるのが男ってものだろう。


 ラノベの主人公たちはそうしていた。


 ちなみに俺はラノベを小学校低学年の頃から読んでいる。

 父親が大量に持っていて漢字の意味を調べながら読み耽ったものだ。

 おかげで漢字の読み取りテストだけはいつも高得点だったぜ。


「拓馬は優しくていつも私を助けてくれる」


 おっと危ない。

 ここは重要なところだ。

 タイミングを間違えてはいけない。


「私はそんな拓馬のことを…………」


 ここだ!


「え、なんだって?」


 完璧だ。

 これ以上ない程に最高のタイミングだ。


 流れをぶった切って雰囲気をぶち壊しにする鈍感プレイ。

 これこそが真のモテる男ムーブなのだ。


 今の俺はラノベの主人公みたいに輝いてるぜ!


「…………」


 一つ問題があると言えば、鈍感プレイ直後は夢露の機嫌が悪くなることだな。

 だがそれも恋心をより盛り上がらせるために必要なスパイス。

 今だけは厳しい視線を甘んじて受けようではないか。


「拓馬」

「お、おう」


 このひえっひえの声が毎回堪らないぜ。


 果たして今日はどういう反応をするのかな。


 怒って先に帰ってしまうのか。

 涙目になってしまうのか。

 それとも説教が始まってしまうのか。


「病院いこ」


 え、なんだって?


 今こそ本当の意味で使いどころだったのに、あまりにも予想外すぎてせっかくのチャンスを不意にしてしまうのだった。


――――――――


「突然耳が聞こえなくなるんです」

「はい分かりました。お呼びするまでお待ちください」

「いやあの夢露、俺は」

「大丈夫だよ拓馬。先生にちゃんと見てもらえばきっと治るから。だから……ううっ……」


 どうしよう。

 耳鼻科に連行されてしまった。


 あまりにも必死で泣きそうで強引だったから止められなかった。

 というか今も半泣きで居心地が悪すぎる。


 鈍感ムーブだっただなんて言い出せる雰囲気じゃない。


 耳鼻科の待合室には他にも数組の客がいて、俺達のことを爆発しろ的な視線で見て来るやつもいれば微笑ましそうな目で見てくるやつもいる。どちらにしろここで俺が演技でしただなんて告白したら夢露を怒らせるどころか客から袋叩きにされてもおかしくはない。


 マジでこれどうしたら良いのか?


秋灯しゅうとうさ~ん、秋灯拓馬さ~ん」


 困っていたらついに呼ばれてしまった。


「拓馬……」


 診察室まではついて来ないのね。

 仲が良い幼馴染とはいえ他人だからそりゃそうか。


 とんでもない罪悪感を背に、仕方なく診察室に入った。


「お名前を教えてください」

「秋灯……拓馬です……」


 お医者さんは綺麗な若いお姉さんだった。


「症状は突然耳が聞こえなくなることがある、とのことだけど……」


 問診されても何処もおかしくないので適当に答えるしかない。

 そのまま検査もしてもらったけれど全く問題が無い。


「両耳ともしっかりと聞こえているわ。普段は問題無くて不意に聞こえなくなるのよね」

「……は、はい」


 嘘です。

 毎回しっかりと聞こえます。


「もっと詳しい検査をしましょう」

「え?」


 あれ、もしかして大事になりかけてませんか?


「いえ、困ってませんから必要ないです」

「そう? でも検査して原因を突き止めておいた方が良いわよ。脳の病気の可能性もあるから、放置しておくのはお勧めしないわ」

「え゛」


 大事だ!

 ヤバイヤバイヤバイヤバイ。


 もし両親がこのことを知ったら心配をかけるどころじゃない。

 その上で嘘だなんてバレたら怒られるどころじゃない。


「精神的な問題の可能性もあるから精神科医の先生に見てもらうのも必要かもしれないわね。少なくとも現時点で耳の機能に異常は見られないから、多角的に調べて原因を追究……」

「ごめんなさい!」


 色々と耐えられなくなった俺はついにゲロってしまった。


 その結果どうなったかと言うと。


「はぁ……」


 ジト目の女医さんにめっちゃ深いため息を吐かれてしまった。


「あのね、君くらいの歳ならそういう遊びが好きなのは分かるわ。でも女の子が可哀想だと思わないの?」


 ガチ説教されてしまった。


 耳鼻科で女医さんにガチ説教展開とか、こんなのどのラノベにも存在しないんですけどどうすれば良いの?


「あなたを連れて来た女の子、顔面蒼白で泣きそうだったって話じゃない。それ見て何も感じないの?」

「……いえ……申し訳なく思いました」


 自分でも本当は鈍感プレイはどこかおかしいんじゃないかなって思ってました。

 でも今更後には退けずに続けちゃってただけなんです。

 さっさと付き合ってイチャコラしたかったです。


「あなたが彼女の事を大切に想っているのなら、相手のことを考えて行動しなさい。泣かせるなんてもってのほかよ」

「……はい……ごもっともです」


 ガチ説教されて自分が情けなくて俺が泣きそうだ。


「分かったなら夢露ちゃん・・・・・を大切にするのよ。次にまたこんなことしたら問答無用でご家族に連絡するからね」

「……はい」


 今回は家族への連絡を許してくれるというのが、唯一の救いだった。


――――――――


「どうだった?」


 診察を終えた俺に縋りつくように寄って来た夢露を見て、自分の愚かさを更に自覚させられ死にたくなった。

 ひとまず『特に問題無かった。詳しくは外に出てから』と言って病院から出て、例の公園まで戻って来た。


「本当に問題無かったの?」

「ああ、ちゃんと調べてくれた。どこにも異常が無いってさ」

「でもじゃあどうして……」

「あ~その、精神的な問題かもしれないってさ」

「じゃあ今度は精神科の病院に行くの?」

「いや、そうじゃなくて……」


 どうにかして誤魔化して問題無いって納得してもらわないとまた病院に連れてかれてしまう。

 しかしだからといって鈍感プレイしてましただなんて言ったら本気で嫌われてしまうかもしれない。


 唸れ俺の頭脳。

 どうにかして適当な理由をでっちあげるんだ。


「実は俺の耳が聞こえなくなるのは決まって同じ時だったんだ」

「同じ時?」

「夢露と一緒の時しか起きないんだ」

「それって……」


 おお、とりあえず思いついたことを口にしただけなんだが、これはもしかしたら良い感じの方向で誤魔化せるファインプレーじゃないか。


 しかも告白までの道筋が見えた!


「夢露と一緒だとドキドキして色々と考えちゃって、それで上の空になってしまうことが多かっただけなんだ」

「…………」


 嘘を伝える時は真実を混ぜると良い的な話を聞いた事がある。

 一緒だとドキドキするのは本当だが、上の空になってしまうのは嘘だ。


 でもそれっぽい理由になっただろ。

 俺って案外咄嗟の言い訳の才能があるのかも。


 もう俺は鈍感プレイは止めると決めたんだ。

 このまま一気に告白して幸せなイチャラブ生活を送ろう!


「それで夢露を心配かけちゃった。本当にごめんな」

「…………」


 夢露は静かに俺の話を聞いてくれている。

 この流れならいけるはずだ。


「今回の事で、俺気付いたんだ」


 嘘です。

 もっと前から気付いてました。

 でも流れ上そういうことにさせてください。


 さぁ言うぞ。

 ついに言うぞ。


 鈍感ラノベ主人公から脱却する瞬間だ!


「俺、夢露のことが……」


 いざ言うとなると少し気恥ずかしいな。

 夢露は毎回こんな気持ちを味わっていたのか。


 改めて酷い事をして来たなと気付き死にたくなるが、その反省はここを乗り越えてからだ。

 全ては告白を成功させてから。


 好きだ、の三文字を伝えてから。


 俺は高鳴る鼓動を感じながら、勇気を出してその言葉を口に。




「え、なんだって?」




 あ、あれ。

 どういうことだ。


 どうして夢露がその言葉を言うんだ!?!?


「拓馬、何か言おうとしてた?」

「なっ!?」


 まさかそんな馬鹿な。


 でも間違いない。

 勝ち誇ったような顔でニヤニヤしている姿を見れば一目瞭然だ。


 こいつ俺の鈍感プレイに気付いてやがった!

 ということは涙目とか焦った様子とか全部演技だったのかよ!


 いつからだ。

 いつから気付いてやがったんだ。


 気付いてたならどうして病院に連れていったんだ。

 こいつは病院に迷惑をかけるような奴では……


 そういえばあの先生、夢露のことを一度だけ『夢露ちゃん』って呼んでたような。

 先生が付き添いの人の名前を知ってるわけ無いし、ちゃん付けで呼ぶのも妙な話だ。


 ああ、そうか。

 知り合いだったのか。

 知り合いの先生と結託して、俺に反省を促した上でやり返す作戦だったのか。


 完全にしてやられたわ。


「め、夢露?」

「何かな、鈍感系の拓馬くん」

「ぐっ……」


 俺は察した。

 これから先、告白させてもらえずに弄られ続けるのが確定したのだと。


 自業自得だから何も言えないよチクショウ!

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