第5話

「ただいまー」

 ひとりごちて、由美は後ろ手に玄関のドアを閉めた。


 由美の目の前には階段が伸びている。

 由美と明の住むアパートはメゾネットタイプだった。


 一階にはトイレや風呂、小さな台所があり、二階に六畳の部屋がふたつ向かい合ってある。


 一つは洋室で、一つは和室だ。

 帰宅した由美は、重い足で階段をのぼる。


 そして、和室に入ると、ばたんと横になった。

 立ち仕事が多いコンビニでの仕事を終えると、由美はこの部屋で横になる。


 明は和室を嫌ったが、由美はむしろ和室のほうが落ち着いた。


 実家のアパートは狭いダイニングキッチンを除けば、和室しかなかった。だからかもしれない。


 部屋探ししていたときも、和室に難色を示した明を説得してこの部屋にきめた。

 明と由美は専門学校を卒業して、すぐに結婚した。


 明が結婚を急いだからだ。


「由美ちゃん、かわいいから心配なんだよ。他の奴にとられそうで。俺、こんなだし」


 確かに平凡な容姿の明に比べると、由美の容姿は優れていたかもしれない。

 それでも十人並みだと由美は自覚していた。


「俺、由美ちゃんと結婚したくて就活がんばったのに」


 由美は少し早いかと思ったが、明の勢いに押され、結婚を承諾した。

 誰かに、何かに自分を縛り付けていたほうが安心だった。


 実家を離れてからも、由美はたびたび信一郎のことを思い出していた。

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