その73「汐里がお菓子を買った」
駅前のスーパー。俺は汐里と一緒に夕食の買出しをしていた。キャベツを一玉、あともやしと玉ねぎを買い物カゴに入れ、切らしていたサラダ油も入れた。
汐里は俺の横について、幼稚園での他愛もない話をしていた。
「そういえば、しお、たしざんができる」
「へぇ、すごいじゃないか」
まだ小学校にも上がっていないのに、足し算ができるとは大したものだった。無論、うちで教えたりはしていない。
「誰に教えてもらったんだ?」
「まえのようちえん」
それを聞いて合点がいった。汐里はどうしてか、前はこの辺でも有数の名門幼稚園に通っていた。あそこであれば、幼稚園であっても多少進んだ教育をさせていてもなんら不思議はない。
「で、しおはおもった」
「なにを思ったんだ?」
「この才能をつかわないのは、とってももったいないと思う」
「なるほど」
「日本にとって」
「大きく出たな」
幼稚園児の足し算を国がそれほど求めているとも思えなかったが、俺は話をあわせておくことにした。
「日本は、しおにたしざんをさせるべきだと思う」
「なるほど。たしかにそうだな」
俺は買い物カゴの野菜をいくつか指差して見せた。
「このもやしが一袋19円、キャベツが一玉198円。合わせていくつだ?」
じぃっとカゴの中を見つめる汐里。幼稚園児に計算させるには難しすぎたかもしれない。そう思ったとき、汐里は顔をそむけた。
「………ふっ」
「おい、どうして鼻で笑った」
「しおは、そういうちっちゃいのは計算しない。もっとおっきなものじゃないとしない」
計算するものを選ぶようだった。まるでブラックジャックのような奴だった。
「じゃあ、なになら計算するんだ?」
「こっかよさん」
「おお、国の経理を担うときたか」
ここまで大言を吐ければ大したものだった。
「こっかよさんか、お菓子」
「急に規模が小さくなったな」
「お菓子だったら、計算してあげてもいい」
汐里は俺を見る。どうやらこれは、お菓子をねだっているようだった。
俺はため息をつく。普段であればダメと言っているところだったが、汐里の作戦に負けてしまった。
「いいよ。100円まで、好きなの買ってきな」
「……!!がんばる!」
汐里はトタトタと小さな足でお菓子売り場まで駆け出して行った。
汐里がお菓子を選んでいる間、俺は一通り食品売り場を回る。必要なものを揃えたところで、汐里のいるお菓子売り場まで行った。
汐里は、そこでうんうんと唸っていた。
「ゆーいち、たいへんなことが起こった」
「どうしたんだ?」
「これが、おっきい袋でしか売ってない」
汐里の指差した先には、堅焼きせんべいの袋があった。
「これじゃ、買えない……」
「はじめて見たよ、100円渡されて堅焼きせんべい買おうとする幼稚園児」
俺はスナック菓子のコーナーで、小さなやつを一つ取った。
「このおにぎりせんべいじゃいけないのか?」
「ダメ。これは、味が全然ちがう」
汐里なりのこだわりがあるようだった。
結局、汐里は悩んだ末、キャラメルとキャラクターもののウエハースを買った。ポテチなどは深月姉が買い込んでいるため、必要ないと判断したのだろう。
帰り道、汐里はうれしそうにウエハースを眺めていた。
「これ、カードが一枚入ってる」
「へぇ、そうなんだ」
「いいのが出たら、さきちゃんのおねーちゃんとこうかんしてもらう」
「あいつもこれ買ってるのかよ」
明らかに女児向けのアニメのイラストが印刷された商品を、女子高生が買い込むというのは、あまりにシュールな絵面だった。
「箱買いっていうのを、してるらしい」
「あいつには恥っていう概念がないらしいな」
そんなことを話し合いながら、俺と汐里はアパートに帰っていくのだった。
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