その71「深月姉がサプリに頼ろうとした」
「なんか、世の中では健康ブームらしいよ」
「へぇ、そうなんだ」
夜10時過ぎ。俺たちは2人コントローラーを握りながら、レースゲームで対戦している。
「それ、どこで知ったんだ?」
「朝のニュース番組」
深月姉は一日中家にいてテレビを観ることが多い。そのため、芸能人のゴシップや流行なんかには、女子高生やワイドショー好きの奥さんくらい詳しかった。
「なんでも、今はサプリメントとか買って飲む人が急増してるらしいの」
「ふぅん」
「私も健康って大事だなって思うの」
俺の操縦する車が一足先にゴールする。俺は深月姉の方を見た。
「健康って言ったって、深月姉まだ全然若いじゃないか」
「若いうちから健康に気をつけないと、後々怖いことになるんだよ?」
遅れて、深月姉の車もゴールする。順位は6位。話すことに集中していたからか、深月姉にしては芳しくない結果だった。
「つまり深月姉は、そのサプリメントを飲んでみたいわけだね」
「まぁ、そういう風に取ることも可能だよね」」
話の流れからして、そういう風にしか取れないだろう。そう言いたくなる気持ちを抑えて、話を進める。
「ちなみに、深月姉はどんなサプリが欲しいっていうんだ?」
「んっとね、それ、カロリミットって言うんだけど……」
俺はゆっくりと、コントローラーを床に置く。
「それはダイエットサプリだろ。健康のためのじゃなくて」
「適正体重の維持も健康には必要なことだよ?」
「そこはサプリ抜きでもなんとかなるものだろうさ」
深月姉は一瞬むくれた表情を見せたが、諦めたようにため息をついた。
「……はぁ。わかった。それじゃ、別のにするよ」
「ああ。もし飲むにしても、もうちょっと栄養補給とかそういうのにしてくれ」
「うん、そうだよね」
俺はコントローラーを取り、次のレースの設定をしていく。
「それでね、フォースコリーっていう成分があるんだけどね?」
俺は、またゆっくりとコントローラーを置いた。
「それ、テレビでやってたダイエットに効く成分だよね?」
「でも、すっごくいい栄養素なんだよ?」
「痩せることにおいてはね」
この前、深月姉はダイエットをすると宣言したが、夕食が深月姉だけ違うメニューであることに、かなりの不満を抱いているようだった。かといって、深月姉が自ら運動をすることなど、部屋が火事になりでもしない限りありえない。となると、サプリメントの力に頼るしかない、と深月姉は考えたようだった。
「一緒に俺も運動してあげるからさ、もうちょっと身体を動かす形で痩せられないかな?」
「無理だよう。この前遊園地を歩いただけで、次の日身体が使い物にならなかったんだよ?」
「いいじゃないか、使い物にならなくなっても。どうせ使わないんだし」
「筋肉痛とあの気だるいのが嫌なの~」
確かに、遊園地の次の日は筋肉痛やらなんやらで、深月姉は過剰にわめいていた。運動をするとなると、しばらくはあのうるさいわめきを毎日聞かなければならなくなる。それはそれで、あまり気が進まなかった。
「……わかった。まぁ、買ってあげなくもないかな」
「えっ、ほんと!?」
「ああ。でも、一つだけ条件がある」
「……え、なに?」
深月姉の表情が曇る。
「まぁ、それはまた明日話すよ」
今日はそれで話が終わり、ゲームもやめて寝ることになった。
そして次の日、俺はバイトの帰りにあるものを買った。持って帰ると、汐里が不思議そうな顔で包みを指差した。
「それ、なに?」
俺は包みを開けた。それはキャラクターの絵が側面に描かれた、縦30cm程の台だった。
「あ、それ汐里ちゃんにだね」
「……しおに?」
「洗面所の蛇口まで手が届かなかったから、ちょうどだろう?」
汐里が歯磨きや顔を洗ったりするときは、いつも俺や深月姉が手伝っていた。だがこれで、汐里一人ですることができる。
汐里のために買ってきたものではあったが、おもちゃではないため、別段うれしそうではなかった。
「それと、これを深月姉にも使って欲しいんだ」
「えっ、私に?これなくても洗面所で顔洗えるよ?」
「それは知ってるよ。そうじゃなくて、これでちょっと動いてほしいんだ」
俺は階段昇降の運動について説明をした。深月姉の苦手な運動のダイエット法だったが、外に出なくてもいいのと、テレビを観ながらでもいい、というところに、深月姉は惹かれたようだった。
「これを10分3セット、21日できたら、昨日言ってたサプリ、買ってあげるよ」
「えっ、ほんと!?」
深月姉は目を輝かせた。
「よーし、がんばるぞー」
ご機嫌で深月姉は段差の昇降を始める。汐里は遊びだと思ったのか、深月姉が降りたタイミングで上り、交互に上り下りをしていた。
恐らく食事制限にくわえてこれを三週間もしていれば、3kgくらいはサプリを使わなくても痩せるだろう。
そういった期待を込めつつ、俺は2人が段差をひたすら上り下りするのを眺めていたのだった。
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