その69「灯華たちと遊園地に行った・下」
アトラクションが終わり、俺と灯華は洋館から出てくる。思った以上にジェットコースター要素の強いアトラクションだったためか、多少灯華の動作はぎこちなかった。
灯華から携帯を借りて、深月姉に連絡をとる。深月姉たちは、今別エリアのアトラクションに並んでいる最中のようだった。俺はそのアトラクションの前まで行って待つことを伝えて、電話を切った。
「ねぇ、どうせだから、待ち時間にどこかに入ってスイーツ食べましょうよ」
「えっ、さっきアイスクリーム食ったばっかだろ」
「うん。だから今度はケーキにするの」
「いや、そういう問題じゃなくてだな……」
灯華は話を聞こうともせず、さっさと行ってしまう。仕方なく、俺も後ろをついていった。
歩いていると、段々道の脇にひとだかりができ始めた。カメラや携帯を構え、待っている。遠くからは、明るい音楽が聞こえてきた。
「なぁ灯華、パレードが始まるみたいだぞ」
「ふぅん」
「見ないのか?」
「無論よ。パレード観てもお腹膨らまないし」
灯華は一人、すたすたと先へ行く。パレードよりも食い意地のようだった。
カートゥーンな雰囲気の明るいカフェがあり、そこに入ってコーヒーとケーキを2人頼んだ。キャラクターを模した形のケーキだった。
席に着き、食べていると、灯華の携帯が鳴った。話の内容から、深月姉からだと察する。今の位置を教えて、来てもらうように頼んでいた。
10分ほどで、深月姉たちはやってきた。皆、アトラクションがよかったのか楽しげだった。
「飛び出るえいが、観てきた」
汐里が俺に話す。3D映像のあるアトラクションだったのだろう。
「そっか。楽しかったか?」
コクリ、と汐里は頷く。
「あの飛び出るめがね、うちに欲しい」
「いや、あの眼鏡があっても、あれだけで飛び出るわけじゃないよ」
「……?そうなの?」
「ああ」
言うと、汐里はしょぼんとしてうつむいた。
「『プリンセスアイドル愛実ちゃん』も、飛び出してるの観たかった……」
「まぁ、映像はぼやけてないけど、話の筋はぼやけ始めてるわよね、あのアニメ」
そのとき、灯華が話に入ってきた。
「灯華、知ってるのか?」
「当然よ」
灯華は得意げに胸を張る。
「日曜の朝は早起きして着替えて、8時半に優雅にカモミールティーを飲みながら『プリンセスアイドル愛実ちゃん』を観るのが、私の日課よ」
「あんまり褒められた日課ではなさそうだな……」
それからは、汐里とさきちゃんと灯華で語り合っていた。俺と深月姉は、その間ケーキを半分こして食べていた。
「私、初めて『プリンセスアイドル愛実ちゃん』を語れる友達ができたわ」
灯華が満足げに話す。
「まぁ、そりゃそうだろうな」
日曜の朝にわざわざ早起きして、『プリンセスアイドル愛実ちゃん』を視聴している女子高生はそうはいないだろう。
俺は入園時に配られたマップを取り出し、開く。皆の目線が、マップに集中した。
「それで、次はなにに乗る?」
「ジェットコースターね。これで決まりよ」
そう灯華は言った。
「多分汐里とさきちゃんが身長制限にひっかかっちゃうよ」
「ああ、それもそうね。……それじゃ、またあんたと一緒にってことで」
汐里が、そのとき俺の袖を引っ張った。
「しお、ゆーいちといっしょにここ行きたい」
マップに描かれたアトラクションの写真を指差す。可愛らしい猫のキャラクターが主人公の、視聴型のアトラクションだった。
「それじゃ、ここからはみんなで乗れるやつを回っていこうか」
「えっ、それじゃ、ジェットコースターは?」
「また今度だな」
「そんなぁ……」
灯華はがっくりとうなだれた。
それからは、また5人でアトラクションを回った。ファストパスがあるためスムーズに乗ることができ、夕方になる頃には7割方のアトラクションは制覇していた。
「そろそろ帰らなくちゃいけないな」
その言葉に、灯華が驚きの顔をする。
「ええっ、もう少しいいじゃない」
灯華はマップを開き、これからのイベントの魅力について熱弁する。
「俺たちはいいけど、汐里とさきちゃんがダメだよ。幼稚園児を、遅くまで遊ばせちゃいけない」
「人間、少しくらい夜遊びするくらいがちょうどいいのよ」
「にしても、6歳児にそれは早すぎるだろ」
灯華は不満げなようだったが、俺たちは帰ることにした。深月姉も惜しがっているかと思ったが、長年の運動不足による筋肉痛で、それどころではないようだった。
遊園地を出て、駅に入り電車に乗る。駅から離れると、楽しかった感覚も、徐々に現実に戻されていった。
「次は泊りでいくわよ。全部のアトラクションと全部のスイーツを制覇するの」
「ああ。わかったよ」
俺自身疲れていたため、適当に返事をしておく。その言葉を聞いて、灯華は満足そうだった。
「久しぶりに楽しかったわ。ほんとに」
不意に、横目で灯華と目が合う。その瞬間、灯華はすぐにそらした。
団体が降りたため席が空いて、俺たちは横並びで座る。深月姉は眠そうに頭を俺の肩に預ける。
そうして、電車は六畳間のアパートへ向かって走っていくのだった。
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