その68「灯華たちと遊園地に行った・中」

 アパートを出て、電車に乗ること1時間半。途中乗り換えを3回して、俺と深月姉、灯華は遊園地に向かう。休日であるため当然電車は混んでいて、その間俺たちはずっと立ったままだった。




 「金持ちなんだから、自家用車で行ってもよかったんじゃないか?」




 「なに言ってんのよ。親に頼るなんてありえないわ。そんな堕落した生き方してたら、今に痛い目にあうわ」




 灯華はそう言って怒る。あの遊園地の無料チケットやファストパスの束をもらっている時点で、かなり親に甘えている気がするが、あえて俺はそれを口にはしなかった。




 長い電車の旅もようやく終わり、目的の駅に着くと、俺たちは乗客の流れに沿って改札口を出た。




 やはりテーマパークのある駅だから、風景からして違う。看板一つ一つがポップだし、内装も洋風にあしらわれていた。




 改札を出たところにあるベンチで、見覚えのある姿を見かけた。上品なワンピースを着たさきちゃんだった。




 「おひさしぶりですわ、ゆーいちさん」




 「ああ、さきちゃん」




 さきちゃんは丁寧におじぎをする。




 隣には、スーツ姿の男性が立っていた。恐らく、灯華の家で雇っている、お付きの人なのだろう。




 「それじゃ、行きましょうか」




 灯華は一人、どんどんと前に進んでいく。スーツ姿の男性を残して、俺たちは入場口へと向かう。門の前には、長い行列ができていた。




 「夕一、なんだろうこの高揚感。どうしてまだ中にも入っていないのに、こんなにドキドキするんだろう」




 「遊園地あるあるだな。下手したら、中に入ってからよりもドキドキするこの現象。この時点でもう俺たちはこの遊園地の虜だ」




 「恐るべき遊園地の魔力だね……!!」




 俺と深月姉が列に並んでいる間そんな会話をしている横で、灯華は黙々とスマホをいじっていた。どうやら、遊園地の公式サイトで、混み具合を調べているらしい。




 しばらくして、俺たちは門まで来た。遊園地の人に無料券を見せると、半ば驚き気味で、チケットを切ってくれた。




 「おお、ここがゆーえんち……!!」




 門をくぐると、キャラクターを模した巨大なモニュメントが視界に飛び込んできた。汐里は感動したのか、その場に立ってじっとそれを眺めていた。




 「ほら、呆けてる時間なんてないわよ。さっさと乗りましょう」




 「それじゃアトラクションのところまで歩こうか」




 明確な目的地はないが、適当にアトラクションがありそうなところへと、俺たちは歩き出した。歩きながらも、汐里とさきちゃんは、顔をあちらこちらに向けて、子どもらしくはしゃいでいた。




 「みて、さきちゃん。あのたてもの、たくさんぬいぐるみが売ってる」




 「そうですわね。あれはきっと、この楽しさで財布のひもがゆるんだ親に買わせるためのものですわ」




 「……!!すごいさくせんだ……!!」




 この会話には、俺も苦笑いを浮かべるしかなかった。




 「普通いるか?遊園地の企業戦略まで読む幼稚園児が」




 「できることなら『親の顔が見てみたい』って言いたいけど、あの子の親、がっつり親族なのよね……」




 灯華も2人の話には若干引いていたようだった。




 最初に着いたのは、馬のキャラクターのメリーゴーランドだった。乗りたい、と園児2人がはしゃぐ。




 「こんなのは、すきま時間に乗ればいいのよ。大して並んでもないんだから」




 「まぁ、汐里たちが乗りたいって言ってるんだから、いいじゃないか」




 灯華は不満げだったが、俺たちはメリーゴーランドの列に並ぶことにした。




 他のアトラクションに比べて人気がないこともあり、15分ほど並ぶとすぐに乗ることができた。なんてことはない普通のメリーゴーランドだったが、汐里とさきちゃんは満足そうだった。




 当然灯華は満足していなかったため、急ぎ足で次のアトラクションまで行く。途中、クッキー&バニラのアイスクリームを買って、違うテーマの地域へ向かった。




 「私、あれに乗りたいの」




 ある場所で立ち止まり、灯華が指差した。それは、あからさまにおどろおどろしい雰囲気の漂った洋館だった。




 「ひ、ひぃっ!!」




 看板を見た瞬間、深月姉は後ずさった。そこには、深月姉の苦手なゾンビの絵が描かれていたのだ。




 「ホテル・オブ・テラー。乗り物に乗りながら、数百のゾンビに襲われるとってもエキサイティングなアトラクションよ」




 「拷問以外のなにものでもないよっ!!」




 深月姉だけが過剰な拒否反応を示している。




 「どうしたの?もしかして、室内アトラクション苦手な人?閉所恐怖症?」




 「いや、違う。むしろ日ごろ閉所にしかいないくらいだよ。深月姉は、ゾンビが苦手なんだ」




 「ふぅん、そうなんだ」




 灯華はスマホをささっといじって、画面を深月姉に見せた。




 「ほれ」




 「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」




 深月姉は悲鳴とともに、どこかへ逃げていってしまった。灯華のスマホを見ると、かなりリアルなゾンビのCGの画像があった。




 「面白いわね、あんたのお姉さん」




 「人の姉で遊ばないでくれ」




 俺は追いかけて、深月姉を連れ戻してくる。その灯華をみる深月姉の目は、まるで人殺しでも見るように、憎悪と恐怖に怯えていた。




 「深月姉は無理だから、ここから別行動にしよう。深月姉は汐里とさきちゃんを連れて、別のアトラクションに行ってくれ。俺と灯華で乗るから」




 俺は深月姉に携帯を渡す。これで連絡をとって落ち合うのだ。




 なにかどんよりとした空気を纏いながら、深月姉は背を向けトタトタと歩いていく。汐里とさきちゃんは、それを不思議そうに眺めながら後ろをついていった。




 「それじゃ、俺たちも行こうか」




 俺たちはファストパスを見せてから、列の最後尾に並ぶ。列を見る限り、30分ほどで乗れそうだった。ふと灯華を見ると、さきほどアイスも食べたというのに、灯華はひどく顔を赤らめていた。




 「あ、あのさ……」




 「うん、なんだ?」




 「あんたまさか、これを狙ってたの?」




 言っている意味がよくわからず、俺は首をひねる。




 「まぁそりゃ、私は成績優秀で美人だし、そのうえアニメにも精通したカンペキ女の子だけど……?」




 「いや、なぜここでいきなり自画自賛を始める」




 「育ちもいいし、上流階級のマナーもマスターしてて、どこに出しても恥ずかしくない女の子だけど……?」




 「お前、心底自分好きなんだな」




 灯華は横目で俺を見る。だがその視線には、いつものきつさは感じられなかった。




 「あんた、人畜無害そうな顔しておいて、結構油断ならない奴ね……」




 「いや、全然意味わかんないから」




 列が少し進んだため、俺たちは少し前に詰める。こうしてアトラクションに乗るまで、灯華のよくわからない言動は続くのだった。

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