その67「灯華たちと遊園地に行った・上」
「邪魔するわよ」
そう言って、灯華は勝手に家に上がりこむ。俺は、後ろにさきちゃんがいるのではないかと玄関の向こうを覗いたが、いなかった。
「相変わらず小さな部屋ね」
「アポなしで上がりこんできて、吐いた言葉がそれか」
「ここ、犬小屋をリフォームしたの?」
「ぶっとばすぞ、お前」
怒る俺をみて、愉快そうに笑う灯華。その服装は、ゴシック調の黒のワンピース。スカートの部分は深紅のチェックになっていて、その裾にはひらひらのレースがあしらわれていた。
「相変わらず、すごい格好してるなお前は。なにかの罰ゲームか?」
「自主的意志よ。あんたのその貧相な服装よりはマシ」
まったくもって、口が減らない。俺はため息をついてフライパンに卵を投入した。土曜の昼時、今は昼飯を作っている最中だった。手軽な、チャーハンと中華スープだ。
「あ、そういえば私、お昼まだだったのよね」
「そうか」
俺は棚から皿を取り出す。これみよがしに3枚並べた。灯華はむすっとして俺を睨む。
「ちょっと、かわいそうだと思わないの?」
「出会いがしらに人様の家を罵倒してきて、飯を出してもらえると思ったか?」
「……つつましやかな部屋ね」
「言い方変えただけだろ」
「是非うちのシルバニアファミリーの子達の別荘にしたいわ」
「それ絶対に馬鹿にしてるだろ」
これ以上部屋に対する評価を聞きたくなかったため、皿をもう一枚出す。そして灯華のチャーハンのぶんの卵を、一つ冷蔵庫から取り出した。
「で、用件はなんなんだよ。この休日の昼間に、人を馬鹿にしに来ただけだったら、本当にただじゃおかないぞ」
「もう、そんなに怒んないでよ。安心して、悪い話じゃないわ」
灯華は小さなバッグをまさぐる。取り出されたのは、数枚のチケットだった。
「あんた、今日バイト休みだって言ってたわよね」
「なんだこれ?」
「遊園地よ、遊園地。お父様が、お得意さんからもらったらしいの。あんたと汐里ちゃんと、そこのお姉さんのぶんもあるわ」
深月姉は灯華と視線が合った瞬間、ビクッと震えてテレビの裏に隠れる。まるで臆病な猫だった。
対して、汐里はとことこと灯華の前にやってくる。
「さきちゃんは、くる?」
「来るわよ。今ピアノのレッスンだから、遊園地に直接来るけど」
チャーハンを皿に盛り付けると、灯華はチケットを俺に押し付け、笑顔でチャーハンを奪っていった。
ちゃぶ台にチャーハンとスープを置くと、おそるおそる、といった様子で深月姉はやってきた。
「あ、そうそうお姉さん」
ビクッ、とまた深月姉の肩が震える。
「しるこサンド、好きなのよね?製造してる会社の直営店から、こういうの取り寄せたんだけど……」
取り出したのは、小さな包みだった。それを見た瞬間、深月姉は今度は違う意味で震えだした。
「こ、これは……生しるこサンド……!!」
差し出された生しるこサンドの包みを、おそるおそる受け取る。距離が近づいたのを見計らって、灯華は深月姉の頭を撫でた。深月姉は拒否反応を示さなかった。
「まるで餌付けだな……」
ご飯の前に食べてはいけないと深月姉に注意だけして、
俺はチケットを見る。連日行列が絶えない、子どもから大人まで人気のテーマパークの無料券だった。新聞の勧誘ではまずだされない代物だし、それどころかこんなものが世の中に存在することが驚きだった。
「驚いてる?」
チケットを眺める俺に、灯華が声をかける。
「ああ、まぁな」
「それじゃ、これ見たらもっと驚くんじゃない?」
灯華は財布から取り出したのは、あらゆるアトラクションのファストパスだった。
「そのお得意さんが一緒にくれたの」
日付は今日で、ファストパスはうまい具合に全アトラクションを回れるように時間配分がされている。
金持ちに不可能はない。チャーハンを食べながら、俺は心底そう思ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます