その65「ペットボトルロケットを作った」

 夕方。俺がバイトから帰宅すると、玄関の横にはゴミ袋が山積みになっていた。




 「あ、夕一。おかえりー」




 深月姉は、振り返って迎える。テレビには、格闘ゲームのポーズ画面が浮かび上がっている。




 「ただいま、深月姉」




 俺はバッグを部屋の隅に置く。そしてすぐさま、深月姉のゲームのコントローラーを取り上げた。




 「ちょ、ちょっと、なにするの!?」




 「なにするの、じゃない」




 テレビでは命令がなくなり棒立ちになった深月姉のキャラが、敵キャラに一方的にやられている。その打撃音がうざったくなり、俺は、テレビを消した。




 「ねぇ夕一、どうしてこんなことするの?」




 「深月姉は、今日俺が家を出る前に頼んだことを覚えてるか?」




 俺は朝、深月姉にゴミ収集所にゴミを持っていくよう頼んでおいた。今日はペットボトルの回収日なのだ。




 「……あ、ペットボトル……」




 「思い出したか。たかがペットボトルと思うかもしれない。けれど、うちの自治体は、月に一度しかペットボトルを回収してくれないんだ。それなのに深月姉は……」




 俺の説教に、深月姉は反省してしゅんとしている。ゴミ捨てくらいで説教することに多少の罪悪感はあったが、毎月深月姉は同じように忘れ、今ではゴミ袋4つ分のペットボトルの山がベランダに山積みになっていることを考えると、ここは言っておく必要があった。




 「だいたいさ、深月姉はたまに頼みごとしても、いつも忘れるよね。忘れずにやってくれてるのは、汐里のお迎えくらいじゃないか?」




 「で、でも、たまに洗い物とかもしてるし……」




 「深月姉はいつも家にいるんだから、それくらい毎日してほしいところだよ。まったく、たまには深月姉も……」




 そんなとき、つんつん、と背中がつつかれる。汐里だった。




 「なんだ汐里。深月姉をかばおうと思ってるのかもしれないけど、今回ばっかりは……」




 「ちがう。あのペットボトルのこと」




 「ペットボトル?」




 こくり、と汐里が頷く。




 「そのペットボトルで、おもちゃをつくりたい」




 突然の申し出に、俺と深月姉は顔を見合わせた。




 汐里に話を聞くと、この前幼稚園で、ペットボトルやダンボールで作ったおもちゃが紹介されたようだった。それで、玄関近くに山積みにされたペットボトルを見て、自分も作りたいと思ったらしい。




 「いいよ。どのみち捨てちゃうものだったし」




 そう言うと、汐里ははしゃいでゴミ袋を開け始めた。そして、そのなかの一つを取り出して、じっと考え込む。どういうおもちゃを作るのか、想像しているのだろう。




 やがて汐里はなにか思いついたようで、おもむろにそのペットボトルのキャップ部分を両手で握りしめた。そして、ペットボトルをブンブンと振り回す。




 「……ペットボトルのバット」




 どうやらこれで完成のようだった。




 「なに一つ変更が加えられてないじゃないか」




 「シンプルイズ、ベスト」




 汐里はなおも何回か素振りをする。満足そうだった。




 「ゆーいちも、なんか作ってほしい」




 俺もペットボトルを取り出し、じっと考え込む。




 「そうだなぁ。ペットボトルのおもちゃって言うと、やっぱりペットボトルロケットなのかなぁ」




 「……!!ペットボトル、ロケット……!!」




 ロケット、という単語に、汐里が反応したようだった。




 「ペットボトルが、ロケットになるの?」




 「ああ。水と空気の力で空に飛ばせるんだ」




 「す、すごい……」




 俺は早速ノートパソコンを開き、ペットボトルロケットを検索する。出てきた画像を、汐里に見せた。




 「すごい……」




 汐里は子どもらしく、ただただ素直に驚いていた。




 「これはペットボトルの、かくめいだ……」




 「そんなおおげさなもんでもないと思うけどな」




 俺は詳しい作り方も調べ、深月姉と作業を分担して作ることにした。




 深月姉は下の方の、ロケットの羽根部分を切り出すことになった。羽根の部分は牛乳パックを使う。深月姉がぎこちなくカッターを取り出すのを見て、内心ひやひやしたが、切り出してみると、意外とスムーズに進めていた。




 俺は、ペットボトルをいくつか分断し、それをビニールテープで組み合わせて本体部分を作っていった。それを、汐里は興味津々で見ている。




 「どうしてむかしの人は、ペットボトルでロケットをつくろうなんてかんがえたの?」




 「さぁな。きっと、ペットボトルを捨てるのがもったいないと思った人が考えたんじゃないか?」




 「……!!かんきょうにやさしい考え方だ……!!」




 よくわからないが、感動しているようだった。




 ペットボトルロケットの構造は意外とシンプルで、1時間もすると完成した。外見も、ネットで出てきたのとさほど変わらない。




 「すごい……」




 そのペットボトルロケットのフォルムに、汐里は興奮しているようだった。




 「ゆーいち、これ、木星まで飛ばせる?」




 「んー、それにはちょっと安上がりすぎるかな」




 それを聞いた途端、汐里はしゅんとする。




 「それじゃ、火星でがまんする……」




 「あ、そこまではいけると思ってるんだ」




 ペットボトルロケットに対する汐里の期待は相当なものだった。




 「さっそく、とばしにいこう」




 汐里が立ち上がり、上着を羽織る。俺は飛ばし方について調べたが、そのときある記述が目に止まった。




 「……あ。ペットボトルロケットを飛ばすには、市販の発射台が必要だ……」




 「え、そうなの?」




 深月姉もノートパソコンを覗き込む。俺は発射台を自作する方法を探したが、作るにしても、それなりに特殊な材料が他にいるようだった。




 「ロケット、とばせないの?」




 汐里が聞いてくる。




 「ああ。悪いけど、今の俺たちでは無理なようだ」




 ショックを受けるかと思ったが、汐里は案外けろっとしていた。




 「それじゃ、このロケット、直子のものにする」




 そう言うと、汐里はおもちゃ箱から、うさぎの人形の直子を取り出してペットボトルロケットに乗せてやった。




 「そういう遊び方もあるのか……」




 汐里はおもちゃが一つ増えて、満足そうだった。




 直子とペットボトルロケットで汐里が遊ぶ横で、俺たちは後片付けを始めた。ペットボトルロケットは使う材料も少なく、結局ゴミ袋の中身は全然減っていなかった。




 「まぁ、来月までは結構あるけど、またベランダに置いておけばいいよ」




 そんな気楽なことを言う深月姉。俺はため息をついた。




 「そのことだけどさ、深月姉」




 「なに?」




 「駅前のスーパー、ペットボトルを回収してくれてるらしいんだ」




 「えっ、それってまさか……」




 深月姉の顔が、一気に青ざめていく。




 結局深月姉は、ペットボトルを捨てるために、大きなゴミ袋を4つも担いで、夜の街を歩かされたのだった。

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