その64「お店屋さんごっこをした」
「なんかひま」
それは幼稚園から帰ってきた汐里の口から出た言葉だった。俺は昼から次の仕事まで時間があったため、溜まっていた洗濯物を洗濯機にかけていた。今日はスーパーのバイトのシフトが変則的で、お昼までの仕事が終わると、次は夜7時から出勤となっていた。
「どうしたんだ汐里?いつもみたいにお絵かきとかお人形ごっこはしないのか?」
「そんなきぶんじゃない」
深月姉は飽きもせずゲームに熱中しているため、一緒に遊んでくれそうにもない。汐里と一緒にゲームをすれば問題はなかったが、やっていたゲームが戦国シュミレーションであるため、とてもではないが参加できそうになかった。
「おりがみでもしたらどうだ?このまえ、お花きれいに折ってたじゃないか」
「きのうもおったからいや」
汐里のおもちゃ箱の一角を占める、おりがみの作品スペースには、同じ形をしたお花のおりがみが、5輪咲いていた。
「まるでお花屋さんみたいだな」
俺がそう言うと、汐里はなにかひらめいたようで、目を輝かせた。
「そうだ、きょうは、おみせをひらく」
「ん、おみせ?」
汐里は、表情にはあまり出さないながらもご機嫌に、おりがみの花を床に並べていく。どうやらお店屋さんごっこをするつもりのようだった。
「しお、パン屋さんになる」
「いや、でも店頭に並んでるの、お花だぞ?」
汐里は少し考える。
「お花も売ってる」
「珍しいな、パン屋と花屋の兼業は」
「かんばんは、ゆーいちがつくって」
洗濯機が止まるのを待つ間、俺もお店づくりを手伝うことになった。ダンボールを長方形に切り取って、その上に白い紙を貼っていく。そこに、クレヨンでロゴを書くことにした。
「お店の名前はなににするんだ?」
「パンのまつかさ、にする」
「なんか、場末の商店街にありそうだな、そんな名前の店」
だが、そういった苗字の店名にすると、看板を作るのが大変だった。店名におしゃれ感がないから、そのまま書いたら地味になってしまうのだ。でも、漢字で書いたりするとパン屋っぽくないし、イニシャルの「M」を大きく書いたりすると、あのポピュラーな別のパン屋と勘違いされる恐れがある。
結局、そのまま「パンのまつかさ」とクレヨンで書いて、あとは適当に動物や森のイラストでごまかすことにした。
「おお、ゆーいち、才能ある」
看板の出来に満足したのか、汐里から賞賛の声をもらった。
次に汐里は、商品となるパンや花を折り始めた。花一つをとっても、調べるとたくさん折り方が出てきた。汐里は図書館で借りてきた折り紙の本で、クロワッサンや食パンを折り、俺はネットでユリやアジサイなど、色々な花を折っていった。
「ゆーいち、これ折って」
見ると、クロワッサンの終盤の方が少し難しいらしく、できないようだった。俺は折り紙を受け取って、本を見ながら折っていく。
「うーん、苦手なんだよなぁ、この折り紙の本の説明って」
矢印がぎざぎざだったりぐるぐると回っていたり、よくわからないのだ。点線も、どこのことを言っているのか、時々わからないことがある。
だが、折っているものがそれほど難しくないということもあり、なんとか最後まで折ることができた。
「できた……!!」
できあがったクロワッサンをひょいと取って、あたかも自分が作ったかのように深月姉に見せる。すごーい、と深月姉は驚いてみせるが、ちょうど立花家との戦を繰り広げていたため、反応は雑だった。
「しお、おみせをひらくから、ゆーいちはお客さんやって」
「わかった」
俺は商品の前に座り、選ぶ仕草をみせた。
「いらっしゃいませ」
「ちょっとお腹が空いてるんですけど、なにかおすすめはありますか?」
「おすすめは、パンジーです」
「んー、パンジーはご飯じゃないよ?」
汐里は、パンコーナーのなかの一つを指差した。
「クロワッサンは、おすすめです」
「それじゃクロワッサンください」
「どうぞ」
汐里は折り紙のクロワッサン渡す。
「ごいっしょに、パンジーはいかがですか?」
「うん、その声かけじゃ購買意欲沸かないかな」
ご飯と一緒に花を勧めてくるのは、ある意味新しかった。
「200えんです」
「はい、どうぞ」
2人、お金の受け渡しの動作をする。その後で、汐里は一枚の紙を渡してきた。
「これはなんですか?」
「パンジーのわりびきけんです」
「どれだけパンジー売りたいんだよ」
俺が買い終えると、次は深月姉に売ろうと、汐里は深月姉の元へ駆け寄っていく。そのとき、部屋中に悲鳴が響き渡った。
「ああーーー!!毛利家にやられたーーー!!」
ガクリと頭をたれる深月姉。汐里はそんな深月姉の背をとんとんと叩いた。
「しお、パンとお花屋さんやってる。おねーちゃん、なにか買って」
「……十数時間が無駄になった、疲れた心を癒すお花はありますか?」
「パンジーです」
「それじゃパンジー、ください……」
汐里はパンジーを深月姉に渡す。念願だったパンジー売却を実現して、はしゃぐ汐里。
対して、戦国の世で散ってしまった深月姉の表情は、折り紙のパンジーを受け取っても、一向に晴れないのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます