その62「ゲームで女子力を上げようとした」

 「女子力を上げよう!」




 そう言ったのは、汐里が寝付いて、また部屋の明かりも消して暗がりで2人ゲームをしていたときだった。俺は、隣でコントローラーを握る深月姉を見た。




 「またいきなりなんなのさ、深月姉」




 「まだ若くてきれいなこの時期に、こんなビール飲みながらゲームやってる場合じゃないよ!この日々に潤いがない生活、完全に干物女子だよ!」




 「でも、最近はゲームする女の子も増えてるらしいし、いいんじゃない?」




 「コール・オブ・デューティに女子力は皆無だよっ!!」




 完全に興奮して、声が大きくなっている。俺は汐里が起きやしないか心配でならなかった。




 この深月姉の女子力に対する危機感は、わりと定期的に訪れるものだった。前はお菓子を作ることで女子力を上げようとしたが、うまくはいかなかった。




 「夕一!女子力が上げたいよ!なにをするのが女子っぽい?」




 「そうだなぁ……。掃除洗濯がそつなくこなせたら、結構女子力高いと思うけど」




 「えー、面倒だしそれは却下」




 「一蹴かよ……」




 本当に女子力を上げる気があるのか疑問だったが、深月姉は至って本気のようで、次のアイデアを出すように迫ってくる。




 「ねぇ、もっと手軽な上げ方ないの?もっとこう、ファストフード的な。ジャンクな感じの」




 「そんな都合のいい女子力ないよ。一朝一夕で手に入ったら、世の女子も苦労してないよ」




 深月姉は難しい顔をして考え込む。その間、コール・オブ・デューティは俺に任される。あまりFPSが得意ではない俺は、せっかく深月姉が稼いだキル数を、大幅に超えるデス数をたたき出してしまっていた。




 「そうだ!夕一、これはどう!?世の中でゲームをする女の子が増えているんだったら、女子力の高い女の子がするゲームをすればいいんだよ!そうすれば、きっと私の女子力も上がるはず!」




 「いやぁ、それは……」




 否定しようとしかけて、俺はやめた。今は午後10時だ。明日もバイトがある身としては、深月姉がなにかおおがかりなことを思いついて、なし崩しで手伝わされるのは避けたかった。




 「どう!?女子力が高い女の子は、きっと女子力が高くなるようなゲームをしてるはずだよ!」




 実際のところは、「勉強のできる子は靴を並べる」という情報を、「靴を並べれば勉強ができるようになる」という捻じ曲がった解釈をする母親たちと大差なかったが、もうそこは今日は放置しておくことにした。




 「いいよ。それじゃ、俺のスマホ貸すから、適当に女子力が上がりそうなゲームをダウンロードして、プレイしなよ」




 深月姉はスマホを受け取ると、手際よくいじりだした。深月姉自身は携帯を持っていないが、彼女がスマホのゲームがしたいときに、よく俺から借りて遊んでいたのだ。




 「えっと、女子力が上がりそうなゲームってどんなものだと思う、夕一?」




 「そうだなぁ。女子力うんぬんはわからないけど、女の子だったら、育成ゲームとかは好きなんじゃない?」




 一昔前には、たまごっちが女子高生の間で爆発的にブームを起こしたそうだ。これは、あながち間違ってはいないだろう。




 だが、深月姉の反応はあまりよくなかった。




 「えぇ~、それはどうなんだろう……。自分の面倒も見れないのに、ゲームとはいえ生き物を育てるなんて……」




 「本当に生きてるわけじゃないからいいじゃないか。深月姉がいくら自堕落でも、23歳であるその人生経験でなんとかできるよ」




 「まぁ、経験でいうなら、戦国シュミレーションでよく武将は育てたりはしてたしね」




 「女子力とはまるで対極に位置する育成だけどね」




 深月姉はスマホをいじり、育成ゲームを探していく。だが、あるときぶんぶんと首を振って、スマホを投げ出した。




 「やっぱり無理っ!!」




 「どうしたの、深月姉?」




 深月姉は、スマホの画面を見せてくる。そこには、一昔前に流行った、なめこを栽培するゲームの紹介画像が映されていた。




 「私には、この可愛い生物は殺せないよ!」




 「いや、大丈夫だよ。だってなめこだし」




 「なめこでも可愛いから無理なの!だいたい、なめこがあんなに可愛いなんて不自然だよ!なんで普通のなめこを栽培するゲームにしなかったの!?」




 「楽しくないからだよ。それは確実に」




 なめこ汁にして食べることもできないデータ上のなめこを、いそいそと栽培するゲームなんて、とてもではないが耐えられそうになかった。




 「もっとさ、死んじゃっても罪悪感が沸かないのはないの?例えば、禍々しい宇宙ゴキブリを飼育するやつとか」




 「どの層にニーズがあるんだよ、そのゲーム」




 深月姉はなおもスマホをいじる。だが、どのゲームのキャラクターも可愛いものばかりだったようで、結局育成ゲームはナシになった。




 「他にないの?こう、罪悪感が沸かなくて、女子っぽいやつ」




 「クイズゲームなんてどう?深月姉、結構頭いいし、合ってるんじゃない?」




 「それは無理!私、受験勉強はできたけど、一般常識が欠如してるから!」




 それはたしかにそうだった。ただ、それを認識していながらこれまでなにもしてこなかったというのも、悲しい話だった。




 「それじゃ、無難にパズルゲームじゃない?」




 「えー、パズルゲームだったら、これまでも結構してきてるしなぁ……」




 そういいながらも、深月姉はスマホでパズルゲームを検索する。そしていくつかをダウンロードすると、さっそくプレイを始めた。




 「………………」




 深月姉は黙々と画面上で人差し指を動かしている。マナーモードにしているため、ゲームの音声もなく、部屋は沈黙に包まれた。




 「………………」




 「………深月姉、どう?」




 「………うん、楽しい」




 それだけ答えて、またゲームに熱中する深月姉。こちらが聞きたかったのは女子力についてのことだったが、夢中でプレイしているため、それ以上声はかけなかった。




 そうして深月姉の女子力は上昇しないまま、夜が過ぎていくのだった。

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