その61「お花見に行った・下」

 そうして次の日。俺たちは汐里が帰ってくると、その足で電車に乗り、緑地公園に出かけた。




 芝生の敷かれたこの広い公園には、噴水やベンチがあり、少し歩くとテニスコートもあった。桜の並木道を歩いていると、平日ではあったが、家族連れやカップルで花見を楽しんでいる姿が見られた。




 「ねぇ、どうして平日なのにこんなに人がいるの?もしかしてみんなニートなの?」




 「そんなわけないだろう。平日が休日の仕事もあるし、有給休暇というものもあるんだ」




 それに、夏夜姉が通う大学も、ここから割と近い。授業のない学生が遊びに来たりもしているのだろう。




 「社会って複雑だ……」




 深月姉は、うろたえるばかりだった。




 桜の木の下に、汐里の遠足用のピクニックシートを敷いて、その上に俺たちは座った。そして、持ってきた食べ物を広げる。幼稚園の帰りということもあり、お昼はみんな食べている。シートの上には、ポテチやチョコパイなど、市販のお菓子がならんだ。




 「乾杯」




 家から持ってきたオレンジジュースを紙コップに入れ、乾杯する。




 「ねぇ、夕一」




 「どうした、深月姉?」




 「なんか……春なのに、寒くない?」




 たしかに、天候が曇りということもあるからか、着て来た春ものの服では少し肌寒かった。




 「家があるのに、わざわざ遠出して寒空の下他人に囲まれジュースを飲むって、なにかの罰ゲームなの?」




 ぶつぶつ不満をこぼす深月姉の背を、汐里がつつく。




 「おねーちゃん、ふーりゅーってものが、わかってない」




 「ふ、風流……」




 6歳児に風流を諭される23歳というのも、シュールなものだった。




 とはいえ、さすがに汐里も桜の木の下でなにもせずじっと座っているのには耐えられなかったようで、一通りお菓子を食べると、立ち上がり、持ってきていたなわとびを持って、近くで始めてしまった。




 「ねぇ夕一、なにかあったまる飲み物とか持ってきてないの?おしることか」




 「しるこサンドで我慢できないか?」




 「しるこサンドはビスケットだよう」




 両腕を抱き、がたがた震える深月姉。冬場、ずっとエアコンの効いた部屋で過ごしていたため、寒さに弱いのだ。




 「深月姉も、汐里と一緒になわとびしてきたらどうだ?」




 「私全然とべないから、遊びとして成立しないよ。とべないなわとびは、ただのムチ打ちだよ」




 深月姉の運動神経のなさは筋金入りなのだ。格闘ゲームでは無双の深月姉も、リアルではなわとびすらまともに飛べないあり様だった。




 「ゆーいち」




 「どうした汐里」




 「しお、あやとびできるようになった。見てほしい」




 汐里は前とびをはじめ、途中からうまい具合に腕を交差させ、あやとびをとんだ。それは5回ほど続いて、足がひっかかって終わった。




 「わっ、汐里ちゃんすごーい!」




 この深月姉の歓声は、演技抜きの本物だった。




 「もしかするとしお、天才なのかもしれない」




 それに対し、汐里もまんざらではないどころか、ふんぞりかえっている。




 「すごいじゃないか汐里。この前まで、うしろとびすらまともにできなかったのに」




 「ようちえんのなわとびけんてーも、けっこうすすんだ」




 「へぇ、それじゃ、ライバルのさきちゃんにも、差をつけられそうだな」




 やれやれ、といった調子で、汐里は首を振ってきた。




 「さきちゃんは、ライバルじゃない」




 「へ、そうなの?」




 「ライバルは、しお自身」




 「世界レベルのスポーツ選手みたいな答え方するなぁ……」




 有頂天の汐里は、またなわとびをはじめ、うしろとびを10回以上してみせたり、まだできない交差とびに挑戦したりしていた。




 そうして遊んでいると、やがて日が傾いて、空がオレンジ色になった。俺は汐里と深月姉が鬼ごっこをしているのを見ながら、後片付けをしていた。




 帰り道、電車に乗りながら、汐里は疲れて眠たくなった目をこすっていた。




 「ゆーいち、きょう、たのしかった」




 「そうか。よかった」




 ほとんど花見というよりは、運動しにきたというほうが正しかったが、それでも汐里は満足そうにしていた。




 「ゆーいち、ちょっとねてもいい?」




 「いや、すぐに着くから寝ないほうがいいよ」




 「でも、おねえちゃん……」




 見ると、汐里の横に座っている深月姉は、汐里にもたれかかりながらぐっすり寝ていた。




 日ごろほとんど動かないから、久しぶりに運動をして疲れてしまったのだろう。汐里は、眠る深月姉の頬をつんつんとつついていた。




 そうして、日が暮れ夜へと向かうなか、俺たちが降りるべき駅の名がアナウンスされるのだった。

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