その59「晩ごはんに闇鍋をした・下」

 そうして材料を買い込み、家から帰ると、俺たちは鍋の準備を始めた。鍋に水を張り、顆粒の昆布ダシを入れる。買ってきた食材は、お互い見せ合わない。




 夕食まではまだ大分時間があったため、俺たちはゲームをして過ごした。そして汐里を迎えに行き、家に戻ると汐里用のオムライスを作った。




 「ゆーいち、このお鍋、なに?」




 ちゃぶ台の真ん中に置かれた鍋を、汐里が指差す。




 「これはな、後で部屋を暗くして、色んなものを入れて食べるんだ」




 「……!!しおも食べたい!」




 俺は首を振る。




 「いや、こればっかりはダメだ、汐里。保護者として、俺はそれを許すことができない」




 「……どうして?」




 「この鍋はな、可能性としては、鍋という名の毒となりうるかもしれないからだ」




 汐里はぽかんとしていたが、そんな彼女を上機嫌の深月姉が抱き上げ、お風呂へと連れて行ってしまった。




 そして夕食時。俺たちはちゃぶ台を囲むように座る。汐里にはひと先にオムライスを食べてもらった。




 「それじゃ、いくよ……!!」




 電気を消す。灯るのは、鍋を熱する携帯コンロの火のみ。食材のない鍋は、ぐつぐつと煮立っていた。




 「深月姉の方から入れてくれ」




 「わかった……!!」




 深月姉が、ぽちゃんとなにかを投入する。その音からして、いくつか分断された固形だ。ぶつ切りの肉か、あるいはカレールーか板チョコか。




 「次は夕一の番だよ」




 俺たちは、交互に食材を投入していった。闇の中であるため、なにが入っているのかはわからない。俺が投入したのはチョコ、よっちゃんイカ、そしてねるねるねるね。これだけでも既に、壊滅的な味になるであろうことは見えていた。




 すべての食材を投入し終える。俺と深月姉は、静かに箸を置いた。




 「さぁ、どっちから食べる?」




 「それはやっぱり、深月姉から」




 「うん、わかった」




 おたまで具材をすくう金属音。空気が張り詰める。俺は生唾を飲み込んだ。




 ふぅ、ふぅと深月姉の吐息。そして、




 「んんっ……!!」




 深月姉がうなる。そして、ガタッと音がしたかと思うと、突如部屋の明かりが点けられた。




 「ど、どうしたの深月姉!?」




 「ままま、まずいよ夕一っ!!これどういうこと!?」




 深月姉はすごい形相で鍋を指差した。




 「夕一、なんかこの鍋変に甘いんだけど、これに一体なに入れたの!?」




 「えっ、チョコだけど……」




 「お鍋にチョコを入れるなんてどういうつもり!?そんなことしたらおいしくないのはわかるでしょ!?」




 言っている意味がわからない。闇鍋とはそういうものではないのか。だが、深月姉の詰問は続く。




 「それにこの時々くるパチパチした石みたいなのはなに!?」




 「ああ、多分それはねるねるねるねについてたやつだ」




 「なんでそんなもの入れようと思ったの!?だいたい、ちゃんと練ってから入れたの!?」




 恐らく練ったかどうかは重要ではないはずだったが、それですら深月姉は真剣に問いただしていた。




 「おいしくないおいしくない!食材が泣いてるよ!もう半ば号泣だよう!」




 「え、じゃあ深月姉はなに入れたの?」




 「タラの切り身と鶏肉、白菜、それに唐辛子と生姜だよ!」




 「ふ、普通だ……」




 調味料まで真剣に練られている。さらにそのボリュームから察するに、きっと半額かタイムセールのものを買ったのだろう。




 「もう!夕一のせいで楽しい夕食が台無しだよ!」




 「いや、でも闇鍋ってこういうものだから」




 「……え、そうなの?」




 深月姉の反抗が、一時止まる。俺は何度も頷いた。




 「ええっ!?闇鍋って、お魚とかお肉とかおいしい具材を持ち寄って、暗い中でなにが出るかみんなで楽しむお鍋じゃなかったの!?」




 「あ、寄せ鍋みたいなものだと思っていたんだ」




 少なくとも深月姉は、闇鍋はおいしくできあがるものだと思っていたようだ。




 自分にも非があると理解はしたようだったが、怒りが収まらないのか、深月姉は再び怒り出した。




 「で、でもでも、これは、料理への冒涜だよ!」




 「そんなことを言われても……」




 「夕一、最っ低!!私、もう食べないから!!」




 深月姉は俺に箸を投げつけて、布団の中にこもってしまった。残されたのは、チョコと昆布ダシが香る鍋。




 「……汐里、食べるか?」




 「たべない」




 汐里にすら見放されてしまったこの鍋は、それから丸一日かけて俺が一人で食べることになるのだった。

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