その58「晩ごはんに闇鍋をした・中」

 着いたのは、駅前のスーパーだった。夕食の材料は大抵ここで買っていて、柏木家にとってはおなじみの店だったが、今日はいささか心持ちも違っていた。これから闇鍋の材料を買うのだ。




 「なんで俺、今自発的に罰ゲームしに行ってるんだろうか」




 「もう、往生際が悪いよ、夕一」




 俺とは対照的に深月姉は機嫌が良く、軽くスキップなどしていた。闇鍋への過度な期待感が人見知りも打ち消したようで、いつものようにきょろきょろと周囲を見回したりすることもなかった。




 スーパーの食料品コーナーに着くと、深月姉は買い物カゴを2つ取って、1つを渡してきた。




 「これからは別行動にしようよ。お互いがなにを買ったかわからないように、会計も別々で」




 「わかった」




 俺は財布から500円玉を取り出し、深月姉に渡した。




 「え、これだけ?」




 「2人で1000円なんだから、高いくらいだよ。あんまり無駄遣いはしないでくれよ」




 深月姉は頷いて、小走りで去っていってしまった。まるで子どものようなはしゃぎようだった。鍋一つであそこまで楽しそうにするのだから、微笑ましいものだった。




 俺も食材探しを始める。とはいえ、完成予想図のない料理であるため、なにを買うべきか、まったく頭に浮かばない。




 とりあえず、青果コーナーに立ち寄ってみた。色々野菜を見て回るが、目に止まるのはねぎ、白菜、春菊など、至って普通の食材ばかり。これでは闇鍋としては盛り上がりに欠ける。




 恐らく、「鍋の材料」というフィルターをかけて見ているから、うまく選ぶことができないのだ。




 そのとき、一つの案が浮かんだ。自分で選べなければ、他人に選んでもらえばいいのだ。




 俺は携帯を取り出し、電話帳から相手を選び、発信した。呼び出し音はしばらく続いたが、一分ほど待つと、相手は電話に出た。




 「もしもし、灯華?」




 『なんなのよ一体っ!!』




 灯華は声をひどく荒げていた。どうやら怒っているようだ。




 「どうしたんだ、なにか嫌なことでもあったのか?」




 『今まさにこの電話が嫌なことよ!!』




 「おいおい、そう怒鳴るなよ。どうせ暇だったんだろ?」




 「暇なわけないでしょ!!こちとら授業の真っ最中よ!!」




 言われて、俺ははっとした。そういえば灯華は、近所の名門女子高の生徒だったのだ。




 『そりゃもう大変だったんだから!マナーモードにしてたのは幸いだったけど、いつまで経っても振動止まんないし、結局トイレに行くって言って授業飛び出してきたのよ!?』




 「それは悪かったな」




 『だいたい、前の休み時間に友達と一緒にトイレに行ってきたばっかだったのよ?確実に私のこと、頻尿女だと思ってるわよ』




 「いいキャラ付けができたじゃないか」




 『不名誉極まりないわよ!!』




 灯華はまくしてたてるように怒鳴ってくる。だがスピーカーの音が割れて、うまく聞き取れなかった。




 『……それでなんなのよ。くだらない用件だったらぶっとばすわよ』




 俺は電話の用件について考える。だが、どう考えても明らかにぶっとばされそうな内容のため、言おうかどうか悩まされていた。


 


 「それなんだがな、灯華。この世界194ヵ国の中で、食料自給率というものは……」




 『ああもう、話を壮大にしてごまかそうとしなくていいから。用件を早く言って』




 「闇鍋の具材を提案してくれ」




 『………はぁ?』




 俺はこれまでの事情を灯華に説明した。灯華は、明らかにいらだっているようだったが、最後まで黙って聞いてくれた。




 『……それで、適度に盛り上がる食材を選んで欲しいってわけ?』




 「そうなんだよ」




 『……わかった』




 「頼む」




 『トリカブト、フグ、ベニテングダケ』




 「致死率高すぎるだろその鍋」




 『トリカブトの毒は根にあるから、ちゃんと残さず食べるのよ』




 「恐らく入手すらままならないよ」




 電話の向こうで、大きなため息が聞こえる。明らかに、あきれたような声で言った。




 『……もう。お菓子系だったら、いい感じで盛り上がるんじゃない?チョコとか』




 「なるほど。あとは?」




 『そうね。よっちゃんいかなんていいんじゃない?』




 「ああ、懐かしいしいいなそれ。その線でいくと、ねるねるねるねもいいんじゃないか?」




 『それはちょっと微妙だけど……』




 それからしばらくお菓子トークに花が咲き、俺たちは電話で小学生の頃食べたお菓子について話し合った。


そうしていると、電話の向こうで、チャイムの音が聞こえた。




 『ああっ!!授業終わっちゃった!!』




 俺は通話画面を見る。既に、電話をかけてから34分が経過していた。




 『30分もトイレにこもってた理由……なんて説明すれば……』




 「私頻尿なのでって言えばいいんじゃないか?」




 「無理でしょ!干からびるまで出さないと採算合わないわよ!」




 そうして彼女はパニックのまま、携帯を切ってしまった。俺は携帯をしまい、灯華への多少の罪悪感を覚えながら、アドバイスをもらった食材を探すのだった。

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