その56「深月姉が風邪をひいた」
いつもと同じ夕食時。俺たちはちゃぶ台を囲みながら、汐里の幼稚園での出来事などを聞いていた。最近は、さきちゃんや他の友達と、ごっこ遊びをすることが多いようだった。
「ごちそうさま~」
手を合わせる深月姉。いただきますをしてから、ものの5分も経っていない。皿を見ると、深月姉は晩ごはんを半分ほど残した。
「ああ、ダメじゃないか深月姉。おやつを食べすぎたんだろ。加減するようにっていつもあれほど……」
「違うよ。食べてないもん」
「おねーちゃん、うそつきは、強盗のはじまり」
「だから食べてないってば。それと、強盗じゃなくて泥棒だから。罪状が悪質になってるから」
信じてもらえないことがショックなのか、深月姉は大きくため息をついた。
「ちょっと今日は食欲がわかないの」
よく見ると、深月姉の顔は少しばかり火照っている。嘘ではないようだった。
体温計を渡す。深月姉はトレーナーの下から体温計を入れ、しばらく待つ。電子音がすると、深月姉は一瞬だけ結果を見て、そのまま俺に渡した。
「37.4℃、か。高熱ではないけど、ちょっと熱があるみたいだな」
「上がるといけないから、今日は安静にしてるね……」
深月姉は、布団を敷いて、そのまま倒れこむように寝そべった。
「まぁ、普段から安静にしていない時間帯が深月姉にはないだろうけどな……」
「うぅ~、なにか言った~?」
「なんでもないよ」
布団に入りながら、小さくうめき声をもらす深月姉。多少アピールが入っていそうな気もしたが、苦しそうではあった。
「なにか食べれそうなのはある?」
「うぅ、ゼリーならなんとか……」
基本的に、うちはゼリーを買う習慣がないため、当然冷蔵庫に入ってはいない。近くのコンビニに買いに行くため、俺は立ち上がった。
「ゆーいち、どこに行くの?」
「コンビニだよ」
「しおも行く」
汐里も食べるのをやめて、立ち上がった。
「ついてきても、なにも買ってやらないぞ?」
「いい。コンビニ行きたいから」
汐里はもう風呂も入っていたから、パジャマ姿だった。子どもだからそのままでもいいかと思ったが、汐里は自ら普段着に着替えていた。
「行こう」
「夕一~、あと、スポーツドリンクもお願い~」
「わかったよ」
わかりやすく苦しむ深月姉を背に、俺たちは外へと出て行った。
外はもうすっかり暗く、時間が時間のため、家路を急ぐサラリーマンと度々すれ違った。
「でも、不思議だなぁ。深月姉が風邪を引くなんて」
「にんげんは、みんなかぜひく。おねーちゃんも、にんげんだから」
「別に深月姉が人類の一員であることは疑ってないよ。でも、深月姉は一日を通してほとんど家を出ないんだぞ。菌が入り込む余地なんてない。ある意味、日本でもトップクラスの、風邪とは縁遠い人間だろう」
「きっと、ふだんのおこないが、わるいから」
6歳児にまで普段の行いを咎められては、深月姉も立場がなかった。
コンビニに入ると、汐里はまっすぐ、お菓子や食玩が置かれたコーナーに行ってしまった。それが目的だったのだろう。俺は買い物カゴを取って、深月姉に頼まれたものを中に入れていった。
ゼリーにスポーツドリンク。それにレトルトのおかゆを2つ。ついでになくなりかけの調味料も見ておこうかと思っていると、汐里が俺の腕の掴んできた。
「これも、買ったほうがいいんじゃないだろうか」
持って来たのは、日本の神社や寺のミニチュアなどが入った食玩だった。そして番号を見ると、中身に入っているのはどうやら「奈良の大仏」のミニチュアのようだ。
「これに、色々あやまるといい」
「よほど普段の行いが悪いと思ってるんだな」
大仏に懺悔しなければならないというのは、深月姉の罪もよほどのようだった。
買い物を終え、部屋に帰ってくると、テレビがついていて、バラエティー番組がやっていた。だが、深月姉が観ている様子はない。恐らくは、静かなのが寂しかったのだろう。
「買ってきたよ」
「ありがとう~。ゼリーと、あとおくすりもちょうだい~」
「はいはい」
俺は深月姉に言われるがまま、準備して差し出した。
それからすぐに9時になって、部屋の明かりはなくなり、汐里は寝付いた。だが、深月姉は寝付けないのか、ずっと話しかけてきた。
「明日、おかゆ作ってね」
「ああ、俺明日バイトだから、レトルト買ってきたよ」
「えぇ~、薄情だなぁ。休めとは言わないけど、作って行ってくれてもいいでしょ」
「わかったよ。それじゃ、作り置きしていくよ」
「ありがとう。できれば卵おかゆがいいな」
「わかった」
「あと、暇だから、帰りにDVD借りてきてほしいな」
「わかった」
「寝るまで頭なでなでしてね」
「そこまではしねぇよ」
そうして夜が更けるまで一日、甘えに甘える深月姉なのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます