その55「夏夜姉が合コンに誘われた・下」
晴天の中、俺は夏夜姉が通う大学の裏門にいた。最寄り駅に着いて、そのまま歩いていくと、何故か正門ではない方に着いてしまったのだった。
大学のキャンパスに来るのは初めてのことだった。石畳の洒落た学内を、同年代の男女が和気あいあいと闊歩している。ベンチだけでなく、建物の階段の段差にも人がたむろしていた。
「夕一」
向こうの方から、夏夜姉がやってくるのが目に入った。
「悪かったわね。わざわざ呼び出したりなんかして」
「ううんいいよ。今日はバイトは休みにしておいたから」
夏夜姉の衣服はどこか大人びていて、まわりの学生たちとはどこか違う雰囲気を醸し出していた。
俺は夏夜姉についていく形で、キャンパスの奥へと進んでいった。
「それで、今日会う夏夜姉の友達って、一体どんな感じなの?」
「そうね。一言で言うなら、女子大生ね」
俺は、夏夜姉の純粋な目をじっと見つめたのち、ため息をついた。
「それは既に知ってるよ。できれば二言以上で説明してくれないかな」
「女子大生で、ホモサピエンスよ」
「ホモサピエンス以外の女子大生を逆に見てみたいよ」
夏夜姉は、あまりその友達について話したがらないようだった。
「でも、あれからなんの打ち合わせもしていないけど、大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫よ。だって考えてもみなさい。私が彼氏だと言って男の子を連れてきて、疑うことなんてある?男友達なんて、ほとんどいないに等しいのに」
「まぁ、たしかに……」
変なところで卑屈になるのだけは、深月姉とよく似ていた。
「文学部の女の子なんだけれど、一般教養の授業で同じでね。それで、色々あって半年くらい前からお昼を一緒に食べたりしているの」
「ふぅん。まぁ、少しその友達と話して帰ればいいんだよね」
「ええ。絶対ばれないから、安心して」
レンガ造りのある建物の中に入っていくと、突き当たりのところに食堂があった。
食堂は昼時を過ぎてしまっているからか、あまり人はいなかった。そのなかで、1人で座る、白を基調にした服装の女の子に、夏夜姉は近づいていった。
「あれ、ゆり一人なの?」
女の子はこちらを向くと、微笑んだ。
「うん。冬美はちょっとサークルが忙しいとかで」
俺と夏夜姉は、女の子とテーブルを隔てて向かい合う形で座った。
「こんにちは、夕一くん」
「あ、どうも」
俺は会釈をする。そのとき、夏夜姉が厳しい顔をした。
「ちょ、ちょっと夕一っ!」
「えっ……?」
俺はうまく飲み込めず、夏夜姉を見る。
「まさかとは思ってたけど、やっぱり弟くんだったんだ」
「…………ええ、そうよ」
弟の名前が夕一だって、前にこの子に話したのよ。そう夏夜姉が言って、初めてはっとした。たしかに俺は、なにも自己紹介をしていなかった。
「早速バレてるじゃん……」
「まさか、こんな裏技があるとは……」
「よくある『カマかけ』ってやつだと思うけどね……」
女の子の方も、苦笑いをした。
「へぇ、あなたが夕一くんっていうんだ。私は一条ゆり。趣味はお料理づくり」
「あっ、俺も料理はけっこうしますよ」
「うん、聞いてるよ。なんでも、おいしいチャーハンと、豚肉と白菜のおひたしを作るんでしょ?」
恐らく、夏夜姉の家に泊りに行ったときに作ったものだった。そんなことまで友達に話していたのか。今度は俺が苦笑いをする番だった。
「でも、まさかほんとに弟を連れ出してくるとはねぇ。冬美とちょっと話してはいたんだけどね、まさかほんとに……」
「いや、だってそれは、2人がほんとに私を合コンに連れて行こうとするから……!!」
「合コン、そんなにいやだったの?」
合コン、という言葉を聞く度に、夏夜姉の身体が震えだす。
「嫌よ!だ、だって、飢えた獣のような男たちが待ち構える巣窟に、自ら足を踏み入れるなんて……」
「飢えた獣って……。別に食肉類じゃないんだから。ほら、夕一くんと同じ、男の子だってば!」
「夕一と一緒にしないで!!夕一は純粋で真剣に私のことを思ってくれる、私の救世主なんだから……!!」
「勝手に人をメシアにしないでくれ」
夏夜姉も錯乱しているのか、大げさなことこの上なかった。
「ねぇ夕一くん、ハンバーグとかって、作ったことある?」
話題を変えるように、ゆりさんは言った。
「はい。よく作りますよ」
「あれって、結構難しいんだよね。肉汁が外に逃げちゃって、カラッカラになっちゃったりとか」
「難しいですよね。前に牛脂を中に忍ばせたことがあったんですけど、ギトギトになって失敗しちゃったりして」
「あはは。それはダメだよ~」
談笑する俺たちを、夏夜姉は外から心配そうに見守る。
「あれ、ちょっと邪道ですけど、表面にパン粉を軽くまぶせると、肉汁が逃げなくてジューシーになるんですよ」
「へぇー、そうなんだ!今度やってみるね!」
料理トークで盛り上がっていると、夏夜姉が、あるとき俺の服を引っ張ってきた。
「夕一、なに仲良さそうに話してるのよ」
「えっ、だってもう姉弟なのバレちゃったし……」
「それにしたって、もう少し振舞い方があるでしょう。地に伏して俯いているとか」
「俺は罪人かなにかかよ」
夏夜姉にしては、どこか振る舞いがぎこちない。それをゆりさんは、にたにたとほくそえみながらみていた。
「もしかしてナツ、私が夕一くんと話してるのを見て、嫉妬してるの?」
「しっ、嫉妬なんかしてないわよ!ただ、夕一にはゆりと話す権利なんてないだけよ!」
「俺どんな存在だよ」
あるべき人権まで即答で否定してくる夏夜姉。明らかに、いつもの夏夜姉とは違っていた。
「前から思ってたけど、ナツ、かなりのブラコンだよね。自分の話をするときは、いつも夕一くんのことだし、買い物にいくときはいつも夕一くんのプレゼントだし……」
「えっ、でも、俺はプレゼントなんて……」
「貯めこんでるんだよ。結局渡せずじまいだから、部屋のどこかにしまってあるんでしょ」
夏夜姉の顔が紅潮していく。図星のようだった。
「そうだ!いいこと考えた!私と夕一くんが付き合っちゃえばいいんじゃない!?」
「ええっ!?」
声を上げたのは、今度は俺の方だった。
「夏夜ちゃんの話を聞いてる限り、結構私たち、フィーリングが合うと思うんだよね。お料理っていう共通の趣味もあるし。とりあえずお友達からどう?」
「え、えっと、あの……」
俺が答えあぐねていると、隣から絶叫に近い声がこだました。
「だだだだだ、駄目よ!!!!夕一には、その、そういうのはまだ早いんだから!!!!」
19の男を指して言うには明らかにおかしい発言だったが、その夏夜姉の言葉には、反論できない威圧があった。
「あ、あのさ、ナツ……」
「夕一に触れないで!!そういうのは、青少年保護法に反するんだから!!」
正確に言えば、その法律は女の子に触れることを禁じているわけではないし、さらには俺はその法律が適用される年齢からはもう外れていたが、そんなことは夏夜姉は構わない。すごい勢いで立ち上がると、俺の手を引っ張って、出口の方へと出て行った。
「夕一くん、今度一緒にハンバーグ作ろうねぇ~~」
「二度と会わせないわ!!これが今生の別れよ!!」
ゆりさんに大声で言い捨て、建物を出て行く。俺はなされるがままだった。
「あ、あの、夏夜姉…………?」
「なにも、言わないで…………」
やっと我に返ったのか、夏夜姉はすぐみてわかるほどに赤面していた。
そうして、俺たちは一緒に駅まで向かい、夏夜姉の家まで帰った。
これまで一緒に過ごしてきてみたことのない夏夜姉の一面を、初めてみたのだった。
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