その51「深月姉のゲームが完成した」
携帯に着信があったのは、昼前のことだった。画面を見ると、相手は夏夜姉だ。ちょうどバイトの帰りだった俺は、歩道の端に寄って、通話ボタンを押した。
「どうしたの、お昼に電話なんて」
『えっと、今日、大学の帰りにそっちに行ってもいいか、聞こうと思って』
また、夏夜姉の中で寂しがりの周期がやってきたのか。最初そう思ったが、声を聞く限り、そういうわけでもなさそうだ。
「いいけど、なにかあるの?」
『ええ。ちょっとね』
夏夜姉の声は、むしろ弾んでいるようでもあった。
「夏夜姉、なにかいいことでもあったの?」
『ふふ。まぁね。今日は、私のおすすめのシャンパンと生ハムを持っていくわ』
シャンパンと生ハム。イメージとしては夏夜姉そのものだし、実家ではそれで晩酌をしていたが、この前夏夜姉の部屋に行って、その嗜好が偽りのものであることは知っていた。
「夏夜姉、別にもう見栄は張らなくていいよ。フランス料理の店で生中頼もうとするくらいのビール好きじゃないか」
『ち、違うのよ。この前うちにビールや柿ピーがあったのは、実はその、新手のテロに遭って……!!』
「どんな言い訳だよ。夏夜姉、別に飲み物やつまみくらいで、夏夜姉のことをどう思ったりするわけでもないから」
『……缶ビールとさきいかと鱈チーを持って行くわ』
おしゃれな西洋テイストから、一気に休日のおっさんの晩酌レベルにまで落ちてしまったのだった。
そうして、家に帰り、深月姉と昼食を食べてから、またバイトに出る。夕方頃バイトが終わると、買い物をしてから帰ってくる。
そして日も暮れた頃、両手にエコバッグを持って、夏夜姉はやってきた。
「わっ、な、夏夜ちゃん!?」
目を大きくして驚く深月姉。
「ああ、深月姉にはまだ話してなかったっけ」
「今日はなにしに来たの夏夜ちゃん!夕一と汐里ちゃんは、渡したりはしないよ!」
「実の妹を人さらいみたいに言わないでくれる?今日は、姉さんのために来たっていうのに」
「えっ、私のため?」
夏夜姉は靴を脱いで部屋にあがり、フローリングの上に座った。そして、まん丸になるまで詰め込まれたエコバッグを、俺に渡した。
「……一応シャンパンも持ってきたから、冷やしておいて」
恥ずかしそうに目を伏せる夏夜姉。俺は受け取り、中身を冷蔵庫へしまった。
「夕一、夏夜ちゃんの荷物、なに入ってたの?」
「シャンパンと生ハム。それに缶ビールと大量のおつまみだよ」
「夏夜ちゃん、うちに酒盛りに来たの?」
「まぁ、当たらずとも遠からずってとこね。今日は祝い事があってきたのよ」
「祝い事?」
夏夜姉は、柄にもなく大げさに両手を広げ立ち上がった。
「姉さんがニートを脱する日が来たのよ!!」
「えっ……?ええええええっっ!!」
思わず、その場にいる全員が声をあげ、そして立ち上がっていた。
「どどど、どういうことなの夏夜ちゃん!!」
「ふふふ……。ついに完成したのよ、この前言ってたゲームが!!」
夏夜姉は大振りで自分のiPhoneを取り出す。そして、画面を見せてきた。
「これが当たれば、姉さんはニートからクリエイターに昇格よ!!」
「おお、私にやっとポジティブな肩書きがっ!!」
深月姉は、子どものようにぴょんぴょんとその場を跳ね、手を叩いた。汐里も、それにつられて一緒に跳ねる。夏夜姉は、満足げにうんうんと頷いていた。
「夏夜姉、早速やってみようよ」
「いいわ。それじゃ、夕食を食べたらすぐに始めましょう」
俺は、昨日のうちに作っておいた炊き込みご飯を、夏夜姉のぶんもよそい、ちゃぶ台へ置いていく。秋刀魚もあったが、これは余分がなかったため、俺と半分こにした。
4人で小さなちゃぶ台を囲んでの夕食。夏夜姉は炊き込みご飯を口に運ぶたび、至福の表情を見せてくれたが、深月姉は、ゲームが気になってそれどころではないようだった。
「ねぇ夏夜ちゃん、早く食べちゃおうよ。ゲームが早くしたいし」
「早くしたいって、姉さんがシナリオ書いたんだから、内容は全部知ってるじゃない。BGMとキャラ絵も、事前に渡してあるし」
「完成したのが見たいの~」
深月姉の茶碗を見るともう既に食べ終わり、秋刀魚も頭とわたを残して、きれいに骨だけになっていた。
「夏夜姉、結局、どんなゲームになったの?」
「ADVよ。いわゆる『ギャルゲー』ね。ダンプカーにぶつかって記憶喪失になった主人公と、その運転手の女の子のラブストーリーよ」
「あっ、本当にそれ採用しちゃったんだ……」
どこをどう解釈しても、面白くなる気配が感じられない題材だったが、姉2人は、それを明暗だなんだともてはやし、最終的に一つのゲームにしてしまった。
「ヒロインは3人いるんだよ?一人が人見知りな女の子で、一人がゲーム好きの女の子で、最後の一人がしるこサンド好きな女の子なの」
「全部深月姉じゃん」
「作家は登場人物に自分の一部を投影するっていうでしょ?」
投影するにしても、あからさますぎている。だが、夏夜姉の監視の目もあったため、それほどひどい作品にはなってはいないだろう。今は、俺はそう思うことにした。
「……ふぅ。ごちそうさま。おいしかったわ。それじゃ、早速やっていきましょうか」
夏夜姉は、iPhoneを取り出し、メイン画面から、一つ明らかに浮いているポップなアイコンを指差した。
「これよ」
「へぇ、よくできてるな」
「私!私が起動させる!」
深月姉は、震える指をiPhoneの上にかざす。そして、ゆっくりと、アイコンをタッチするのだった。
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