その47「灯華がうちにやってきた・下」

 「あなたは宇宙人を信じますか」




 朝。起きるなりカフェオレを注文し、焼きあがった俺のトーストを奪ってマーガリンを塗りたくっている灯華が突然言った一言だった。




 「なんだお前。頭を強く打ったのか?」




 「頭は強く打ってないわよ。それよりどうなの。信じるの?」




 どうしてその質問をしようと思うまでに至ったのかは定かではないが、俺はインスタントコーヒーのふたを開けながら、考えてみた。




 「まぁ、探せばいるんじゃないか?」




 「甘いわね!」




 得意げに、そして見下すように灯華は俺を指差した。




 「甘いわ。甘すぎるわ。例えるならスタバの季節限定メニューくらい甘いわ!」




 「わかんねぇよ甘さの度合いが。いてもいいだろ宇宙人くらい」




 「そういう考えが甘いのよ。例えるならおばあちゃんの作るかぼちゃの煮物くらい甘いわ!」




 「お前は例えないと気がすまないのか」




 灯華は興奮してきたのか、立ち上がってこちらの方までやってきた。


 


 「いい?宇宙人なんてのは、この世に存在するわけがないのよ。どんだけ宇宙が広くたって、そう人がポンポン量産されることなんてないわ」




 「でも、なんにしても可能性は否定できないんじゃないか?」




 「それじゃ、私が今この場でかめはめ波を打てる可能性だって、否定はできないんじゃない?」




 「いや、それとこれとは……」




 俺は新しく焼きあがったトーストにマーガリンを塗り、一口食べた。




 「世の中は、ある種狂気に満ちているわ。いもしない宇宙人を信じてみたり、『ベントラーベントラー』と唱えればUFOが来るなんて妄言を実践してみたり……」




 言っていて腹が立ってきたのか、突然灯華は俺のトーストを奪い、かじりついてきた。




 「おい、お前のはもうさっき渡しただろ」




 「そんな狂気に満ちた世の中なのに、その常識と呼ばれる価値観によって存在を否定されたものもあるわけよ!」




 「話を聞けよ」




 完全に自分の世界に入ってしまったのだろう、灯華は身振り手振りを交えて、本格的に俺に語り始めた。




 「ねぇ、今からなにを言うと思う?あんたにわかる?」




 「わかんないよ。そして俺のトーストを返せよ」




 そう抗議すると、灯華は食いさしのトーストを俺の口に突っ込んできた。




 「存在するにも関わらず、常識によってあたかもないようにされたもの。あんたはわかる?」




 「だからわからないって」




 「なら、あんただけに特別に教えてあげるわ」




 ふふふ、と不敵な笑いを浮かべ、灯華は堂々と言った。




 「二次元の世界よ」




 「絶対に存在しねぇっ!!」




 あまりの俺の声の大きさに、寝ていた深月姉まで起きだす始末だった。




 「あんたって、なんて可哀相な奴なの……。あの自堕落女の世話しなくちゃいけないうえ、二次元の世界まで信じられないなんて……」




 「いや、深月姉の面倒見てるから可哀相ってのは……。まぁ、否定はしないけど」




 「否定してくれないのっ!?」




 リビングの深月姉が、全力でショックの声を上げた。




 「……ああ。なんとなく読めてきたぞ。前々から気になってたけど、あの前に会ったときも着てた派手目のゴシック・ファッションの装束といい、お前もしやかなり重度のアニメオタクか……?」




 「……!!その呪われた言葉を口にしないで!!常識のものさしによって生み出された、我々に対する侮蔑の言葉は!!」




 さっきまで気丈に振舞っていた灯華は、突如頭をおさえて慌てだし、のたうちまわった。




 「うぅ~~、その言葉によって苦しめられた、忌まわしき過去の記憶が……」




 「一体過去にどんなトラウマがあったんだ。というか、それじゃなんと形容しろって言うんだよ」




 「そうね、真理の証言人とでも言ってちょうだい」




 そう、自慢げにのたまう灯華。それに対し俺は、2歩3歩と後ずさりしていた。どうやら彼女は、本格的に痛い女の子だっ




たようだ。




 「まぁ、なんだ、思想の自由は国が補償してくれてるからな。でも、幸せに暮らしたかったら、あの常識人っぽいお姉さんには、絶対に言うんじゃないぞ」




 「それを相談したから家出したんじゃないっ!!」




 「それが原因かよっ!!」




 もう救いようがない状態のようだった。




 「なによ、その残念な子を見るような目は!昨日からなにかと優しくしてくれたから、あんたにも真理を教えてあげよう思ったのに!」




 「真理って、そんなの真理かどうかもわかんないだろ!」




 「真理よ!だって、『魔法理想郷ルーティア』で、全部説明されてたんだから!」




 俺はため息をつく。どうやら、この思想に至ったのはそのアニメの影響のようだった。




 「あんたには本格的に再教育の必要性がありそうね……。その常識にとらわれた思想を、私が矯正させてあげるわ!」




 「矯正というよりか、だいぶ変な方向に歪曲しそうだけどな……」




 灯華は自分のポーチを取ってきて、中身をひょいひょいと出していく。それは、先ほど彼女が言っていたタイトルが書かれた、DVDと単行本だった。




 「家出に持ってくる品か、それは」




 「私のバイブルなの!それ、次に会うまでのノルマだから!いい?絶対に観ておくのよ。あと、見終わったら感想も教えなさいよね!」




 俺のブランケットの上にあった携帯を勝手に開き、自分の連絡先を打ち込んでいく。そしてそれが終わると、ちゃんと届くかどうか丁寧にテストまでしていた。




 「今日のところはそろそろ帰るけど、毎日夜にルーティアについて話をするから!!」




 そう言うと、その場で服を脱ぎ始め、下着姿になる灯華。多少顔は赤くなっていたが、構わず昨日のゴシック服姿に着替えていった。




 「それじゃ、世話になったわね。この恩は、近いうちに返すわ!」




 その言葉を最後にして、彼女は部屋から出て行った。その場には、俺と深月姉と汐里、そして『魔法理想郷ルーティア』DVD1巻とマンガ1巻が置かれていた。




 「ねぇ、夕一、あの娘って……」




 「どうやら、共通の趣味の友達があんまりいないみたいだな」




 深月姉は、『魔法理想郷ルーティア』DVD1巻を手に取る。表紙は、5人の可愛らしげな二次元の女の子が飾っていた。

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