その48「クレープを食べてきた」

 「いま、クレープがアツい」




 午前のバイトが終わり、汐里を幼稚園のお迎えに行った帰り、汐里は言った。




 「ん、そうなのか?」




 「そう。クレープは、すっげーアツいスイーツ」




 拳を振り、汐里は力説する。




 「パンケーキとクレープは、マジぱねぇらしい。ちょー女子力のかたまりっつーか、らしい」




 「いや、クレープ以前に、その一昔前のイキった中学生みたいなしゃべり方は誰が吹き込んだんだ」




 「おともだちのおねーちゃんが言ってたらしい」




 お友達のお姉ちゃんは、どうやらどこからか良からぬ影響を受けているようだった。




 「それで、クレープのどこがマジぱねぇんだ、汐里?」




 「流行ってるかららしい」




 「すげー短絡的な思考だな、そのおねーちゃん」




 話し方からして、小学生ではないだろう。おそらく、女子高生か、中学生か。どちらにせよ、汐里の教育上、あまり良くない影響を受けそうな人物だった。




 汐里はもぞもぞと、幼稚園カバンから四つ折りの紙を取り出す。開くと、肌色と茶色で構成された三角形がぽつんと真ん中に書かれていた。




 「これ、なんだ?」




 「そのおねーちゃんが描いたクレープ」




 「画力はないみたいだな」




 よく見ると、その三角形の一辺が、赤色で丸されている。汐里は、そこを指さした。




 「この部分が、食べたときマジゲキアツらしい」




 「なるほど……。個性的な表現をするな」




 「それで、この下の方を食べたときは、マジぬるぽらしい」




 「俺もう友達になりたいわ。そのおねーちゃんと」




 彼女が妹ないし弟に、その場のノリでで説明したことは、立ち会わずとも明らかだった。




 「汐里、クレープって食べたことあるのか?」




 「ない。でも、おともだちから聞いた」




 汐里は両手でほっぺたを押さえた。




 「外はふわふわ。中もふわふわ」




 「全体的にふわふわってことだな」




 汐里は真面目に頷く。そして、A4の用紙に描かれた三角形を眺め、儚げにため息をついた。




 「……もしかして、食べたいのか?」




 コクコク、と何度も頷く汐里。そこまで意欲を見せるのは、なかなか珍しいことだった。




 「そうだな……。まぁ、いいだろ。食べて帰ろうか」




 「……………!!」




 一気に、汐里に表情が驚きに変わる。




 「もしかして、ゆーいち今日きゅうりょうびなのか!?」




 「給料日じゃなくてもクレープくらい買えるよ」




 どうやら汐里は、うちの経済状況を相当下に見ているようだった。




 俺たちは駅前まで歩き、スーパーの一角に入っているクレープ屋さんに入った。




 クレープ屋の立て看板には、全25種類のバリエーションのクレープが、写真と共に紹介されていた。




 「クレープって、こんなにいっぱいあるのか……!!」




 変なところに感動する汐里。立て看板に張り付くようにして、写真を眺めていた。




 「なににする?」




 「んと……メイプルシナモンってなに?」




 「ああ。おおよそホットケーキの上にかかってるやつと同じだ」




 「……!!それじゃ、塩キャラメルは?」




 「えっと、キャラメルが若干塩辛いやつだ」




 「なんでしおからくする?」




 「そっちのほうが甘さが増して、いい感じなんだよ、多分」




 「スイカに塩をかけるのと同じ感じ?」




 「まぁ、そんな感じかな」




 汐里は立て看板の中で、一つのパネルを指差した。




 「しお、これにする」




 それは、クレープにバナナがトッピングされた、「チョコバナナ生クリーム」だった。




 「それじゃ、俺は……」




 「ゆーいちは、メイプルシナモン」




 汐里が間髪を入れずに言った。




 「で、半分こする」




 「まぁ、別にいいけど……。というか、気になってたんだな、メイプルシナモン」




 汐里が店員の女の子に注文をして、俺は代金を支払った。奥では、丸い鉄板の上で、店員がクレープを焼いていた。俺は汐里を抱え上げて、その風景を見せてやった。




 少ししてクレープがやってきて、俺たちは近くのフードコートで食べることにした。汐里は、落とさないように、慎重すぎるほど慎重にクレープを運んでいた。




 席についたところで、汐里は白い包み紙を少し破り、クレープの中を覗きこんだ。




 「……おおっ。ほんとにバナナが入ってる」




 「そりゃ入ってるさ。さぁ、食べよう」




 汐里は大きく口を開け、クレープを頬張る。そして、目をつぶり、じっくりと咀嚼をした。




 「どうだ」




 「……あらたなせかいがみえた」




 「大げさな奴だな」




 「でも、バナナはなかった」




 「奥の方に詰まってるんだろうな。もう少し食べれば出てくるよ」




 今度はゆーいちの、と汐里は交換を要求する。そして、まだ俺が手をつけていないメイプルシナモンも、汐里が最初に食べた。




 「……じんるいって、すごい」




 「クレープでその考えに行き着いたのは、人類でも恐らく汐里が最初だよ」




 汐里はパクパクと食べ進め、気づけば汐里のだけでなく、俺のも半分ほど汐里に食べられていた。




 「幸せだ……」




 「はは。よかったよ」




 そろそろ帰るか、と汐里に声をかける。汐里は頷き、席を立った。




 そうして、俺たちはスーパーを出て、家路についた。




 「クレープのこと、深月姉には内緒だからな」




 「わかった」




 アパートに帰り、深月姉に会っても、汐里は何事もなかったように振る舞った。このへん、汐里は女優さながらだった。




 だが、問題は夕食時だった。出された皿うどんを、無理に食べようとするだけの演技力は汐里にはなく、まったく手をつけなかった。




 「あれ、汐里ちゃん、食べないの?珍しい」




 最初は疑問に思っていなかったようだったが、あからさまに動揺する汐里に気づき、深月姉の視線が、俺へと移る。




 そして真実を吐露したとき、俺たちは深月姉にこっぴどく叱られ、さらに俺はすぐさまコンビニにアイスを買いに行かされたのだった。

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