その42「さきちゃんの家に遊びに行った・下」

 ミニチュアの街が広がる部屋に4人。園児二人と俺と女の子。汐里とさきちゃんは楽しげにどの人形で遊ぶか選んでいるが、俺と女の子の間には、険悪な空気しかなかった。




 「あんた、一体なんなのよ。どんな手口で咲希と知り合ったわけ?」




 「犯罪めいた風に言うなよ。俺は汐里の保護者で、さきちゃんに遊ぼうと誘われただけだ」




 「ふぅん、保護者ねぇ。随分歳の近い保護者みたいだけど。どこで盗んできたの?」




 「だから犯罪じゃないって。汐里は今一時的に預かっているだけだ」




 説明が面倒だったから、詳しく説明する気はなかったが、灯華がそれ以上聞くことはなかった。




 「まぁ、今の話をまとめると、あんたがまぎれもない性犯罪者ってことよね」




 「どんなまとめだよ」




 こいつには、もはやなにを言っても聞きそうにはなかった。




 汐里とさきちゃんは人形を選び終えたようで、各々人形を手にしていた。そして、さきちゃんから俺と灯華に、人形を渡された。




 「あっ、これってまさか……」




 「ええ。この前と同じ、ネルソン・マンデラくんとナイチンゲールちゃんですわ」




 俺は思わずため息をついた。ネルソン・マンデラくんの意志を継げるのは俺しかいないという言葉は、どうやら本気のようだった。




 「ほんとうは、バスコ・ダ・ガマくんかアメリゴ・ヴェスプッチくんにしようかと迷っていたのですが、やはりゆーいちさんにはこの子しかないとおもって……」




 「大航海時代まで網羅してるのかよ」




 この子の知識量は、本当に計り知れないものがあった。




 「ちょっと待って。なんで私の人形が、こいつのと夫婦みたいな感じになってるのよ」




 「今回は、灯華お姉さまとゆーいちさんは夫婦なのですわ」




 「……!!夫婦!?じょ、冗談じゃないわよ!どうしてこんな窃盗犯と!!」




 「おい、罪状が加わってるぞ」




 この女の子の目から俺がどう映っているのか、一度見てみたかった。




 「お姉さま、あんしんしてください。夫婦といっても、今は離婚協議中ですわ」




 「なるほど。それならまだ……」




 幼稚園児の口から出たとは思えない単語だったが、さきちゃんのことを熟知しているであろう灯華は、何一つ驚きをみせなかった。




 「でも、なんでこの二人は離婚しようとしてるんだ?」




 「ネルソン・マンデラくんが、ナイチンゲールちゃんのラザニアを食べてしまったのですわ」




 「ナイチンゲールちゃん心狭いな」




 さきちゃんは、おもちゃの入った棚からピコピコハンマーを取り出し、床を二度叩いた。




 「これから離婚裁判をはじめますわ」




 早くも離婚協議は決裂したようだった。ネルソン・マンデラくんとナイチンゲールちゃんが2人、さきちゃんの前に立たされる。




 汐里は副裁判長のようで、さきちゃんの横にぴったりついていた。




 「それでは、ネルソン・マンデラくんにお聞きします。どうしてナイチンゲールちゃんのラザニアを食べてしまったのですか?」




 「えっと、そこにたまたまラザニアがあったからです……」




 「食べたかったのですか?」




 「はい」




 「大人にもなって、晩ごはんまでがまんすることができなかったのですか?」




 「………はい」




 かなり圧迫をしてくる裁判だった。




 「なるほど……」




 さきちゃんは深々と頷く。




 「しおり副裁判長は、なにか意見ありますか?」




 「ゆーざい」




 「犯罪ではねぇよ」




 なにかにつけて、今日は無実の罪を着せられる日だった。 




 「それでは、こんどはナイチンゲールちゃんにお聞きします。どうしてネルソン・マンデラくんと離婚したいとおもっているのですか?」




 その質問がきた瞬間、灯華の目に熱がこもった。




 「それは、こいつがまごうことなき極悪非道の誘拐犯だからです!!」




 「だから罪状を加えるな」




 「ネルソン・マンデラくん、何人ゆーかいしたのですか?」




 「だからしてないって」




 さきちゃんにまでのっかられると、本当にネルソン・マンデラくんが犯罪者に仕立て上げられそうだった。




 「しおり副裁判長は、どう思われますか?」




 「ネルソン・マンデラくんは、ゆーかいしていない」




 「おおっ」




 ようやく助け舟がきたようだった。




 「ゆーざいだけど」




 「結局犯罪者なのかよ」




 助けではないようだった。




 そうして、俺扮するネルソン・マンデラくんは、ラザニアを食べた罪で刑務所に収監されることになり、同時に離婚も成立した。考えてみれば、前回の人形遊びといい、ネルソン・マンデラくんはどうも不遇の道を歩んでしまうようだった。




 汐里とさきちゃんは、自らの手で犯罪者を裁いたことに、一種の愉悦を感じているようだった。そして、少しするとその矛先が今度はナイチンゲールちゃんに向けられた。




 「ナイチンゲールちゃん、なんらかの罪でタイホします」




 「なんらかの罪ってなんの罪!?」




 困惑する灯華はまるで相手にせず、今度はナイチンゲールちゃんを被告人席に座らせた。




 「これからナイチンゲールちゃんの裁判を始めます」




 「ちょっと待って、私のナイチンゲールちゃんが一体なにをしたっていうのよ!」




 「………なんらかの罪」




 「だからなんらかの罪ってなんの罪よ!」




 そんな灯華の訴えは虚しく、どんどんと裁判は進んでいき、気がつけばもう判決のタイミングになっていた。




 「今回は、じゅんばんでしおり副裁判長に判決してもらいます」




 「大分ラフな裁判だな」




 汐里は胸を張って、こほんと咳払いをした。




 「ナイチンゲールちゃん」




 「は、はい……」




 「なんらかの罪で、ゆーざい」




 「………はい」




 もはや灯華にも、抵抗するだけの気力は残されていなかった。




 そうして、ナイチンゲールちゃんも少し遅れて、俺と同じ刑務所に収監されたのだった。このときすでに、ネルソン・マンデラくんや俺に対して反抗的な態度をとるだけの力もなかった。




 「正義をおこなうって、気持ちいいですわね」




 「さきちゃん、どんどん裁判しよう」




 「いいですわね!」




 二人はミニチュアの町を歩いて、次の被疑者を探していた。




 「……ねぇ、ネルソン・マンデラ」




 「なんだ、ナイチンゲール」




 「正義って、なんなのかしら……」




 「……わからない」




 正義もそうだったが、なにより、これだけごっこ遊びができるセットをもちながら、あえて裁判ごっこに熱中する汐里たちの気持ちもよくわからなかった。




 俺たちは、嬉々としてあらぬ罪を人形にかぶせる二人を眺める。そして、大きくため息をつくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る