その41「さきちゃんの家に遊びに行った・中」
リムジンの中はテーブルが真ん中にあり、それをぐるりと囲うようにして席があった。
「柏木さん、なにか飲まれますか?」
「い、いえ、お気遣いなく……」
車内で飲み物を出そうかと言われるのも、初めての経験だった。
「おかあさま、わたしは、オレンジジュースがよいですわ」
「わかったわ」
桜井さんの手で、グラスにオレンジジュースが注がれる。
「汐里ちゃんは、なにがいい?」
「ん、りんごジュース」
「わかったわ」
華奢なグラスが置かれ、アップルジュースが注がれた。
「よかったらおやつもなにか食べる?」
「わたしはポテチがよいですわ」
「はい」
「しお、チョコパイがいい」
「はい、どうぞ」
桜井さんは二人におやつを渡す。
「あと、しるこサンドも」
「はい、どうぞ」
「あるのかよしるこサンド」
車内だというのに、お菓子のレパートリーが尋常じゃなかった。
おやつも食べ終わらないうちに車は止まり、運転手がリムジンのドアを開けた。車を出たとき、外観を見て、俺は言葉を失った。
さきちゃんの家は、想像以上の豪邸だった。高級住宅街の一角にあるため、庭はそれほど広くはないが、そのぶん建物の面積が広く、また3階建てで屋上にはなにか植物も植えられているようだった。
「一番うえはプールになっているのですわ」
さきちゃんは俺に説明してくれた。
桜井さんに誘導されて、俺たちは中へと入っていく。そして2階の、さきちゃんの部屋に案内された。
「す、すごいな……」
そこは、まるで小さなメルヘンの町だった。十畳以上ある部屋には、ミニチュアの家が立ち並び、その間にはきちんと道路が通っている。ある場所では、人形が信号待ちをしていた。美容室やレストラン、コンビニなどの店もあり、ごっこ遊びもできるようだった。人形遊びは財力のゲームであると、知った瞬間だった。
「しお、かんどーしている」
汐里は目を大きくして、その小さな町を見回していた。
「ゆーいち、しおもこの町ほしい」
「こんな町置いたら、俺たちが暮らすスペースがなくなるよ」
それどころか6畳一間にこれだけのセットを詰め込めば、町というよりただの物置のようになるに違いない。
汐里は道路に走るオープンカーを掴んで、車輪を転がす。これも人形の関連商品のようで、猫の夫妻が運転席に並んで座っていた。
そのとき、部屋のドアが開かれる。桜井さんが飲み物でも持ってきてくれたのかと思ったが、違っていた。入ってきたのは、俺と同年代くらいの女の子だった。
「あ、どうも、こんにちは……」
「せ、性犯罪者!!」
「なんでそうなるっ!!」
思わず俺は立ち上がった。
「寄るな!性犯罪者!!」
「だからなんで最初から性犯罪だと断定する!誠に遺憾だよ!」
「幼女2人と密室にいる時点で性犯罪者以外のなにものでもないわ!まごうことなき性犯罪者よ!!」
女の子はその場で大声で叫ぶ。すぐに、家政婦らしき人たちが駆けつけ、少しして桜井さんもやってきた。
「どうしたの灯華。そんなに大声を出して」
「姉さん、性犯罪者です!こやつ咲希とそのお友達を……!!」
「灯華、その方もお友達ですよ」
「幼女にこんな大きなお友達がいますかっ!!」
もっともな話だった。
「灯華お姉さま、ちがうのですわ。ゆーいちさんは性犯罪者ではありません」
「えっ、咲希、そうなの……?」
「ええ。もし犯罪者でも、ちがう容疑ですわ」
「そもそも犯罪者じゃねーよ」
なかなかに失礼なことを言う園児だった。
灯華、と呼ばれたその女の子は、顔を赤らめながら、そっぽを向いた。それと一緒に、黒いスカートが揺れる。
「ふんっ!あんたが性犯罪者面で咲希の部屋にいるのが悪いんだから!」
「ピンポイントで性犯罪をしそうな面ってどんなだよ」
かたくなに謝ろうとしない灯華の頭を桜井さんはおさえ、無理やり下げさせた。
「灯華が失礼なことを言ってしまって、申し訳ありませんでした。せっかく遊びにいらしていただいたのに」
「いえいえ。まぁ、誤解されなくもないシチュエーションではありましたし……」
「そうよ!こいつが今にも咲希に抱きつこうとするオーラを……」
「灯華!」
桜井さんが叱ると、灯華はしゅんと肩をすぼめた。
「本当に申し訳ありません。この子ちょっと人間不信の気がありまして……」
「人間不信じゃないわよ。単に他の人間すべてを敵視しているだけよ」
「ただの嫌な奴じゃん」
俺が言うと、灯華は憎々しげに俺を睨んできた。
「ともかく、ご迷惑をおかけしました。ほら、灯華、行くわよ」
灯華の腕を引っ張り、桜井さんは部屋を出て行く。家政婦さんたちも、皆退散していった。扉が閉まると、俺たちはまた3人だけになった。
「そーぞーしかったですわね」
さきちゃんが言った。それに、汐里も頷く。
「しお、はやくおままごとがしたい」
「そうですわね。それじゃ、わたしの人形を……」
さきちゃんがそう言ったとき、ドアがノックされた。入ってきたのは、さっきの灯華だった。
「あら、どうしたのですか、灯華お姉さま?」
「………見張りに来た」
「……えっ?」
「この男を見張りに来たのよ。私の名誉を挽回するために!」
「ええっ!?」
灯華はその場に足を崩して座りこむ。ゴシック・ファッションの風変わりなスカートから、白い足が見えた。
「さぁ、やってみなさい犯罪者!私の名誉を挽回するために!」
「するかっ!!」
俺は全力で叫ぶ。
そうして、園児2名と大人2名の、一種異様な人形遊びが、幕を開けるのだった。
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