その39「運動会のプログラムが渡された」


 その日、バイトから帰ってきた俺に、汐里は一枚の紙を差し出した。




 「ん、なんだ、これ?」




 「保護者むけの、おてがみ」




 俺は手紙を開く。遥か昔、幼稚園や小学生の頃にもらった覚えのある、軽くイラストがある程度の、業務的な報告の書類だった。




 「うんどうかいがある」




 手紙には、運動会のプログラムやらなんやらが書かれていた。




 「深月姉、汐里の幼稚園で運動会やるんだってさ」




 「へぇ、もうそんな時期なんだねぇ」




 深月姉は懐かしむように天井を見上げた。




 「私運動神経ないから、風邪引こうと必死だったなぁー」




 「懐かしいなぁ。深月姉の全力で風邪引こうとする姿勢は、鬼気迫るものがあったね。水風呂に浸かったり賞味期限切れの精肉食べてみたり」




 「ウイルスを迎え入れようと外で全力で深呼吸してみたりね。そんな努力も虚しく、次の日中途半端に体調崩して参加してたけど」




 深月姉の学校の行事嫌いは常軌を逸してる面さえあった。夏夜姉は深月姉以上に運動神経がなかったが、それでも黙々と運動会に参加していた。




 「運動会って、どうしてなくならないんだろうね」




 「さぁ。運動神経いい奴が覇権を握るという、この人間社会のヒエラルキーの構造を教えようとしてるんじゃない?」




 「でも、最近の運動会はかけっこでも順位をつけないらしいよ?」




 「ただの公開ランニングじゃん、それ」




 そんなやりとりを、汐里は頭の上にハテナを浮かべながら聞いていた。




 「ゆーいちたちに、きてほしい」




 「よし、わかった。その日はバイト空けておくよ」




 深月姉も、少し不安そうにしていたが頷いた。人見知りよりも、汐里の気持ちを優先したのだろう。




 汐里は、俺の言葉を聞くと、珍しくぱぁっと表情を明るくした。




 「ゆーいち、いっしょに大玉ころがそう」




 「そんな競技があるのか」




 プログラムを見ると、確かに大玉ころがしが午後の部にあった。




 「うわ、これお父さんお母さんだけの綱引きもプログラムにあるぞ」




 「ええっ、もちろん、夕一が出てくれるんだよね?」




 「1人だけ参加だったら俺が行くけど、2人ともという可能性もあるかも」




 「……今から豚肉買えば、前日までには腐るよね」




 「体壊しにいくな、綱引きくらいで」


 


 深月姉はへなりとその場に倒れこむのだった。




 「他にはなにがあるの?」




 「年長の汐里が出るのは、かけっことダンスだな。あとは……あ、親子参加のリレーがある」




 「ええっ!?走るのやだ~~。わざわざ私たちが走らなくても、去年の箱根駅伝流せばいいでしょ~~」




 「なんで親子連れが集まって去年の駅伝観るんだよ。俺たちにも去年の駅伝ランナーにもメリットないよ」




 深月姉はしばらくごねていたが、そのときいつものごとく汐里が背中を撫でだした。 




 「おねーちゃん、だいじょうぶ」




 「なにが大丈夫なの?」




 「うんどうかいの恥はかきすて」




 「私がリレーを走ることは恥なんだ……」




 また汐里のフォローで深月姉はしょげていた。




 汐里は、ますますテンションが上がったようで、その場で跳ねだした。




 「ゆーいち、かけっこのれんしゅうしよう」




 「えっ、今からか?」




 汐里は勢いよく頷く。




 「しお、一番になって、こきょーに錦をかざる」




 「そ、そうか……」




 汐里は深月姉も連れ出そうと説得をする。だが、汐里のお迎え以外外に出ることもない深月姉は、必死で拒んでいた。




 「夕一~、汐里ちゃんを止めてよ~~!!」




 「止めたら、深月姉働いてくれるか?」




 「交換条件がむごすぎるよ~~」




 汐里に屈して、深月姉は一緒に外へ出て行く。、




 そうして、日が沈む中、俺たちはアパートの前を何度も往復させられたのだった。

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