その38「汐里がおねしょをした」

 朝、午前6時45分。俺が起きると、珍しいことに隣の布団がきれいに畳まれていた。汐里と深月姉が一緒に寝る隣の布団は、いつもこの時間まだ深月姉が寝ているため、敷きっぱなしになっているのだった。だが今日は、それが畳まれ、深月姉は眠そうな目をこすりながら三角座りをしていた。




 「どうしたの深月姉」




 「あっ、夕一~~。汐里ちゃんが、今日は早起きしろって言うの~~」




 朝に弱い深月姉は、半べそ気味に訴えてきた。俺は汐里の方を見る。汐里は既に幼稚園の服に着替えを済ませ、ちゃぶ台の前で正座をしていた。




 「ゆーいち、朝ごはん」




 「あ、ああ。今するよ」




 俺は布団から出て、立ち上がる。汐里の横を通り過ぎてキッチンへと向かう。汐里は、身体を硬直させ、表情もこころなしか硬かった。どこか様子がおかしい。




 「汐里、どうかしたのか?体調が悪いとか」




 「ちがう。しおはげんき」




 彼女のその言葉も、どこかぎこちなかった。




 気にはなったものの、朝食を作るのが先だった。俺はトースターに食パンを入れ、その間に熱したフライパンに卵を落とした。卵はその端から、きれいな白に色を変えていった。




 汐里は、まだ正座をしていた。いつもなら子供向けのテレビ番組を観ている時間だったが、今日はテレビがついていない。やはり、どこかおかしい。




 フライパンの上で卵をかき混ぜ、半熟のところで火を止めた。余熱で温める間、俺は汐里を観察する。すると、しきりに布団の方を見ていることに気づいた。




 「汐里、まさかおねしょしたのか?」




 「………!!ち、ちがう」




 俺は皿の上にスクランブルエッグを盛ると、畳まれた布団のところまで行って、上をめくった。すると、案の定敷布団の一箇所が濡れて、暗い色になっていた。




 「これはなんだ?」




 「……水分」




 「……まぁ、間違ってはいないけどさ」




 俺はため息をついた。




 「これは、断じておねしょではない」




 「なら、なんで濡れてるんだ?」




 「……ふとんがむせび泣いた」




 「ふとんになにがあった」




 汐里はみるからに動揺していた。汐里を責める気など毛頭なかったが、それを伝えるのも難しそうなほどだった。




 「まぁいいさ。今日は良い天気だし、外に干してれば今日中に乾くよ。そういうのは誰にだってある」




 「で、でも、しおがやったわけじゃない」




 「なら、誰がやったっていうんだ?」




 「おねーちゃん」




 「………ありえるな」




 「ありえないよ!」




 深月姉が身を乗り出して否定をする。ちょうどトーストが焼きあがり、俺はそれを皿に移した。




 「おねーちゃん、うそはよくない」




 「ついてないよ!というか、なんで断定しちゃってるの!?」




 「きっと汗なんだよな、深月姉。俺は汗だと思ってるから」




 「なんで夕一まで私がやった前提なの!?」




 朝食ができあがり、犯人がうやむやなまま、みんなでトーストとスクランブルエッグを食べた。




 自分がおねしょをしたことがバレずに済んだと思ったのか、汐里は満足そうだったが、深月姉は違っていた。




 早起きさせられたうえ、おねしょの犯人に仕立て上げられた深月姉は、朝から疲れたような顔をしていた。

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