その37「深月姉とお菓子作りをした」

 午後からのバイトが休みの日。バイトから帰ってくると、深月姉は一人、珍しくテレビをつけずに三角座りをして座っていた。平日のため汐里は幼稚園に行っている。




 「ねぇ、夕一」




 「どうした、深月姉?」




 「私って、女子力あるのかな」




 俺はまじまじと深月姉を見る。




 「どうしたの、夕一?そんな驚いた顔して」




 「深月姉は、自分に女子力なんてものが存在すると思っているのか?」




 「ひどっ!!」




 深月姉はショックを受けたように、目を大きくした。




 「皆無ってことはないでしょ!?ねーちゃんまがりなりにも女子なんだから!」




 「なら、どの部分で自分に女子力があると思うんだよ」




 「………髪が長いところとか」




 俺はため息をつくしかなかった。




 「深月姉は、内田裕也やダイヤモンドユカイに女子力を感じるか?」




 「そ、それとこれとは話が違うでしょ!」




 それとこれとは話が違うようだった。




 「だいたいどうしたんだ?いきなりそんなこと聞いたりして」


 


 「えっと、最近になって、私、女子っぽい生活してないなって気づき始めたの」




 「ついでに言うなら、人間っぽい生活すらしてないけどな」




 「結構辛らつなこと言うね……」




 深月姉はうなだれる。




 「でも、これからは、ちょっとづつ女子としての誇りを取り戻していこうかと思うの」




 「なるほど……」




 深月姉が世間一般の人間に近づこうとするのは、決して悪いことではなかった。夏夜姉とのゲーム作りの話といい、少しづつ自分を変えようとしているようだ。




 「わかった。できる限りのことは協力するよ」




 「それじゃ、お菓子作りに協力して!」




 「………え?」




 言っていることが、正直なところよくわからなかった。




 「どうしてお菓子作りをするんだ?」




 「だって、女子っぽくない?」




 完全にイメージだけでの発案のようだった。




 だが、お菓子作りに楽しみを覚えて、そこから料理をするようになれば、毎日夕飯を作らなくてもすむようになる。さらにそこからおだてれば、掃除や洗濯もしてくれるようになるかもしれない。




 「わかった。俺も深月姉の女子力アップに協力するよ」




 「やったー。ありがとう!」




 深月姉ははしゃいで、俺の手を握った。




 「それじゃ夕一、早速だけど、なにを作る?」




 「そうだなぁ、べっこう飴なんか、砂糖溶かすだけだし簡単だよ?」




 「……夕一は、べっこう飴に女子っぽさを感じる?」




 「まぁ、確かに……」




 べっこう飴は却下のようだった。




 「やっぱり女子といえばケーキだよ!ケーキこそが女子!オール・女子・ニード・イズ・ケーキだよ!」




 「よくわからないけど、ケーキは発酵させなきゃいけないから大変なんだぞ?深月姉イースト菌なんか扱えないでしょ?」




 「イースト菌かぁ……。ビフィズス菌じゃダメ?」




 「ビフィズス菌使っても、腸内環境整うだけだよ」




 「納豆菌も割と仲良いんだけど……」




 「イースト菌じゃないとダメなんだよ。多分料理しない深月姉が最初に作るには不向きだよ」




 「そっかぁ……。それじゃ、ケーキ以外でなにか女子っぽいものはないの?」




 「そうだなぁ……。あとは、クレープとかだったらわりと簡単かも」




 「クレープ!いいね夕一!オール・女子・ニード・イズ・クレープだよ!」




 「ケーキじゃなかったのかよ」




 俺は立ち上がり、キッチンへ向かう。深月姉も、後ろをついてきた。




 「それじゃ、クレープを作ろうか。深月姉、引き出しから薄力粉と砂糖とサラダ油を出してくれる?」




 「……夕一、薄力粉って、なんのパウダー?」




 「………深月姉は冷蔵庫から牛乳と卵とバターを出してくれ」




 「……かたじけないです」




 材料を台の上に並べる。俺はボウルを深月姉に渡した。




 「まず、薄力粉を100g計ってボウルに入れようか」




 「わかった!」




 深月姉は小麦粉をスプーンですくい、思い切り計量カップに投げ入れた。




 「深月姉、計量カップは水の量をはかるやつだよ。うちに計量スプーンがあるから、それを使って」




 「……わかった」




 深月姉は言われたとおりにして、薄力粉100gをボウルに投入した。




 「それじゃ次は、卵を割って入れようか」




 「わかった!」




 深月姉は卵を掴み、ボウルの端にぶつける。だが力が強すぎたせいで、卵はヒビを入れるを通り越して殻ごとボウルに食い込み、下からダラダラと卵白が垂れてしまった。




 深月姉は、心配そうな顔つきで俺を見る。




 「大丈夫だよ。この程度なら、そのまま入れても大丈夫だから」




 深月姉は頷き、卵をボウルの上でパカリと開く。だがそれも力が強すぎたせいで、先ほど砕けた細かな破片がパラパラと薄力粉の中へ入っていった。




 「……………」




 「……大丈夫だよ。このくらいなら食べても気にならないから。……多分」




 次に深月姉は、牛乳250ccをボウルに入れた。牛乳にはなじみがあったのか、深月姉でも正確に投入することができた。




 「よくできたじゃないか深月姉!」




 「牛乳をボウルに入れただけで褒められる私ってどうなんだろう……」




 俺はフライパンに火をかける。そしてバターを投入したとき、深月姉が火を止めた。




 「大丈夫。私が溶かすから。夕一は、テレビでも観ておいて」




 「えっ、でも……」




 「いいから」




 俺は仕方なく、その場を離れてテレビをつけた。しばらくして、部屋に甘いバターの香りが広がった。




 テレビはちょうどワイドショーの時間帯で、キャスターが芸能人のゴシップを報じていた。




 「……夕一!夕一!!」




 深月姉の叫び声。俺は跳ね上がるように立ち、キッチンの深月姉に駆け寄った。




 「……………」




 フライパンには、焦げきったバターの残骸だけが残されていた。高温に弱いバターを強火で熱したことは、聞かずとも明らかだった。




 「……次は、これをさっきのボウルの中に少しづつ入れてフライパンに………」




 「……バターも溶かせない私が、クレープを焼けると思う?」




 それに関しては、なんのフォローもすることができなかった。




 結局、クレープは後ほど俺がすることになり、俺たちは砂糖をフライパンにかけ、べっこう飴で今日のところは手を打つことにしたのだった。

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