その35「図書館で情報集めをした・下」
アパートから歩いて30分ほど、2階建ての市立図書館は比較的広めで、2階には自由に出入りができる自習室もあった。それほど混んではいなかったが、小さな子どもや老人がぽつぽつと見られた。
「わぁ、図書館なんて何年ぶりだろう」
「姉さんはあんまり本読まなかったわね」
深月姉はゲームばかりで本は読まなかったが、夏夜姉は家でも、暇さえあれば本を開いていた。この前夏夜姉の部屋に行ったときも、カウンターには分厚い本がいくつも積み上げられていた。
「汐里を迎えに行かなくちゃいけないから、できるだけ早くしてくれよ」
「わかった」
深月姉は初めての場所に向かう子どものような頼りない足取りで、高い本棚の間へ向かっていった。
「私たちはその間、なにをしてましょうか」
「そうだなぁ。俺もそんなに普段から本は読まない方だし……」
夏夜姉は遠めで、仲良く絵本をめくる親子を眺めていた。本人から聞いたことはなかったが、案外子どもが好きなのかもしれない。
「汐里ちゃんは、結構本を読んだりするの?」
「ん、どうだろう。うち絵本とかないから」
「それじゃ、それを探しましょうか」
俺たちは絵本コーナーへ向かう。小さな子どもたちに混じって絵本を探すことに、深月姉はどことなく恥ずかしそうだったが、それでも彼女なりに数冊気になったものを抜き取っていた。
「それにしても、面白いものね」
夏夜姉は、手に取った絵本をめくりながら言った。
「えっ?」
「絵本って、ストーリー性がないものも多いじゃない。その場合、どうやって楽しめばいいのかしら」
夏夜姉は一つの絵本を見せてくる。強い風が吹いて、色々なものが曲がってしまうというだけの絵本だった。
「電柱が曲がっているわね」
「曲がっているな」
あるページで、風に吹かれた電柱や家の煙突が、ぐにゃりと曲がっていた。
「これは、石材は湾曲しないという定説に疑問を呈する、作者のある種科学的なアプローチなのかしら」
「いや、そんなに小難しいものじゃないと思うよ」
夏夜姉は納得しない様子で、その絵本をめくる。
「それじゃ、石材をも曲げてしまう、謎の風の猛威を描いた作品?」
「えっと、多分材質にこだわりはないと思うんだ、作者サイドとしては」
変に理系脳だからだろうか、夏夜姉の視点はどこかズレていた。
「でも、風でモノが曲がっているだけの絵本が受け入れられるなんて、不思議なものね」
「言われてみれば、たしかに」
「便乗して、世の中の不条理をねじ曲げる絵本を描いたら、売れるかしら?」
「そんな抽象的かつ前衛的な絵本は、出版すらさせてもらえないと思うよ」
そう言うと、深月姉は少し不満そうにその絵本を本棚に戻していた。
俺は図書館の時計を見る。あと30分ほどで、汐里のお迎えの時間だった。
そのとき、ちょうどタイミングよく、深月姉がやってきた。その手には、何冊かの本が掴まれていた。
「色々学んできたみたいだね、深月姉」
「うん!なんでも、日本人の40%はA型らしいよ!」
その豆知識的な情報がゲームに生かせるのかはまるで疑問だったが、俺はなにも言わないことにした。
「それより、思いついたの!思いついたよ夕一!」
「へぇ、どんな話?」
「それはね……。なんと、ダンプカーにぶつかって記憶喪失になった主人公と、その運転手の女の子のラブストーリー!」
「……………」
俺は言葉を失った。
「それって、たしか前に小説を書こうとしてたときの案と同じじゃ……」
「素晴らしいわ、姉さん!!」
がし、と深月姉の手を、夏夜姉は握った。
「男の職業だと思われがちな工事現場作業員をあえてヒロインに置くその斬新さ。そして力強いダンプカーにぶつかり、何故か記憶だけを失うというその奇想天外さ!これまでの日本の小説にはなかった設定だわ!」
「ダンプカーの馬力が低いから、うまく記憶だけ喪失するの」
「なおいいわ!」
「いいのかよ」
俺はため息をついた。
「これで作品化していきましょう!きっと、日本を賑わせる問題作が出来上がるわ!」
「うん、やろう夏夜ちゃん!」
かたく手を握り合う2人。色々な意味で問題作となりそうだったが、あえて俺から軌道修正をさせようと思わなかった。
「それじゃ、これでプロットを書き起こしてみるね!」
「なんだか楽しくなってきたわ……!!」
無駄にハイテンションで盛り上がる2人。図書館中の視線が、いつの間にやら2人に集中している。
興奮する2人を引っ張るように連れて、俺たちは図書館を出て、汐里を迎えに行くのであった。
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