その29「春乃が人形をくれた」

 「休み時間話す友達がいなくて、一人勉強してることないですか?」




 「あるある~!いつの間にか異常なくらい英単語覚えてたりするよね」




 深月姉と春乃は、それからというもの、ひたすらに「ぼっちあるある」を話し合っていた。




 「それじゃこれは?教師よりもなによりも、クラスの中心の女の子が怖いっていうの」




 「ありますあります!別になにかされたわけじゃないんだけど、はちあわせたら慌てて道ゆずったりしちゃうんですよねー」




 「本能だよね~~」




 聞いていて、どことなく痛々しかった。




 不満なのは汐里で、自分の来客を深月姉に取られて、俺と遊んでいても心ここにあらずの状態だった。ついに汐里は立ち上がって、笑顔で悲しい過去を話す春乃の背をつついた。




 「しお、はるのちゃんと遊びたい」




 「あっ、ごめんね、汐里ちゃん。まさか同じ境遇だった人と出会うなんてことなかったから、つい……」




 「ぼっちの横のつながりってないからね……」




 深月姉は懐かしそうにうんうんと頷く。




 「まぁ、つながりがあったらぼっちじゃないからな」




 春乃はトートバッグを汐里に差し出し、開けてみて?と微笑みかけた。汐里は不思議そうな顔で頷き、手を突っ込む。取り出されたのは、それは一昔前の衣装で身を飾ったリカちゃん人形だった。




 「おおっ……!!」




 汐里の目が輝く。さらに衣装箱やグッズが出てくると、普段無表情な汐里も笑顔を隠さずにはいられなかった。




 「これ、全部汐里ちゃんにあげる」




 「えっ、春乃ちゃん、いいのか?」




 「はい。もう遊ばないので」




 そう言って、春乃は儚げに窓の方を見た。




 「それに、売ろうにも箱がなければほとんど価値ないですから……」




 どうして捨てちゃったんだろうわたし、と悲しげに呟く春乃。この前の砂場遊びのダム案といい、どうやら彼女は守銭奴のようだった。




 「ありがとう、はるのちゃん!」




 汐里は人形を両腕に抱え、抱きしめる。




 「よろしくね、お梅、お豊……」




 「センスが昭和を通り越して江戸時代へと向かったな」




 「あの、それ一応名前リカちゃん……」




 春乃の言葉は汐里の耳には届かなかったようで、お江戸テイストの名前を連呼しながらさっそく自分の人形たちも取り出し、おままごとにかかった。




 「今日はしお、お豊を使うから、はるのちゃんに直子をかしてあげる」




 「このウサギ、直子っていう名前なんだ……」




 可愛らしげにデフォルメされたウサギの人形を、春乃は受け取り眺めていた。俺と深月姉にも、いつもの如く芳美とエリックが渡される。




 「今からしおが直子のおうち壊しにいくから、みんなにげて」




 「えっ、お豊怪獣役なの!?」




 考えてみれば、シルバニアファミリーのウサギに合わせてミニチュアハウスも設計されているため、全長がミニチュアハウスの7割くらいのリカちゃん人形は、相対的に言えば巨人だった。




 「それにしても、お豊の初おままごとが侵略者とは、なんて不憫な……」




 「つよいものが、ぜんぶもっていく」




 弱肉強食のルールが適用される、世知辛いおままごとだった。




 「おまえの家をもらうぞ、なおこ~~!!」




 ミニチュアハウスめがけ、リカちゃん人形のお豊は疾走する。それを見て、春乃扮するウサギの直子は飛び上がって逃げ出した。




 「お、お豊、なんでこんなことを……!!」




 昔リカちゃん人形で遊んでいたからだろう、さすがに春乃は立ち回りがうまかった。




 「なんでだと?おまえのものはおれのもの。おれのものはみんなのものだからだ」




 どうやらお豊は共産主義者のようだった。




 結局直子たちは追い出され、ミニチュアハウスにはお豊だけが取り残された。




 お豊は、ただじっとミニチュアハウスを見つめる。




 「しさんかちは、いくらくらいだろうか……」




 「早速売ろうとするな」




 「競売に出すなら春先が一番高く売れるよ」




 「春乃ちゃん……」




 お金のことにはいちいち口を挟む春乃だった。




 そしてお豊は春先に不動産を競売にかけ、巨額の富を手にしておままごとは終わった。気づけばすっかり日も暮れている。俺は部屋の電灯を点けた。




 「そろそろおいとましますね」




 「春乃ちゃん、是非また来てね」 




 「はい。また色々お話しましょう!」




 深月姉と春乃はがっちりと握手をする。そして、春乃は帰っていった。




 「お友達ができちゃった」




 「よかったな、深月姉」




 深月姉はご機嫌さんでしるこサンドを頬張る。それから牛乳をくいっと飲んだ。




 今日は深月姉にとって、いつも以上にいい一日で終わりそうだった。

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