その27「みんなで砂遊びをした」
休日。汐里はこんがり焼けたトーストをかじりながら、朝のテレビアニメをおとなしく観ていた。深月姉はというと、珍しく8時頃に起きて、ノートPCを凝視していた。
「思いついた!」
「どうした深月姉」
「こういうのはどう?ダンプカーにぶつかって記憶喪失になった主人公と、その運転手の女の子のラブストーリー」
「たぶんダンプカーにぶつかった時点で記憶失くすだけじゃすまないと思うよ」
そう言うと、深月姉はまた難しそうに考え込む。
「それじゃこれは?ダンプカー輸入のために海外へ行った主人公が、現地のフィリピン人と恋に落ちる話」
「なんでダンプカーがなきゃ気がすまないんだよ」
相変わらず、深月姉の小説執筆は難航していた。深月姉の出すシナリオ案が、ことごとく世の中のニーズからかけ離れていたり、物理法則を無視しているからなのだった。
「それじゃこれは?馬力の低いダンプカーにぶつかった主人公が、運転手の女の子と恋に落ちる物語」
「さっきのと同じじゃん」
「馬力が低いから、うまく記憶だけ喪失するの」
俺はため息をつく。
「力弱かったらそれはもうただのでっかい車だよ。だいたい、ダンプカーじゃなくて普通の自家用車にすればなんら問題ないんだよ」
「そっか……。あ、でも、時速5kmで進むダンプカーにぶつかれば……!!」
「いや、それだけ遅かったら、ぶつかっても主人公押されるだけだよ。だいたい、そんなトロいダンプカーにぶつかるってどれだけ主人公不注意なんだよ」
「それじゃ、適度にダンプカーをぶつけられる高等テクを持った運転手がいれば!!」
「もうぶつけに行ってるじゃん。運転手確信犯じゃん」
「ならどうすればいいの!」
「だから、普通の自動車にすればいいんだよ」
「むむむ……」
再び難しそうな顔をして、俯く深月姉。そして、少ししてまた顔を上げた。
「あ、それじゃ、ショベルカーにすれば……」
「なんでそうまで工事現場要素欲しがるんだよ」
深月姉の嗜好はよくわからないのだった。
深月姉はそれからしばらく悩んだ挙句、ヤケになって、ちゃぶ台に置かれたトーストをガツガツと食べだした。だが、マーガリンもなにも塗っていない状態だったため、少しして気づいて渋い顔をした。オレンジジュースでそれを流し込み、長い髪をかきむしった。
「あーもう!全然アイデアが降りてこない!二人とも、しばらく私を一人にして!!」
俺は歯形のついたトーストに、マーガリンを塗ってやる。
「そんなこと言ったって、汐里もまだアニメ観てるだろう」
テレビを観ていた汐里は振り返って、こちらを観た。
「いい」
汐里はリモコンでテレビを消し、服を着替えた。
「おさんぽ行こう、ゆーいち」
そうして俺と汐里は、深月姉を一人にして、アパートを出たのだった。
外は快晴で、明るく朝日が降り注いでいた。住宅街のまわりはぽつぽつと人が歩いていたが、車はなく、汐里は道路の真ん中を意気揚々と闊歩していた。
「朽木公園にいきたい」
「それはいいけど、でもよかったのか?アニメの続き観なくて」
「いい。このところぜんぶ同じおわり方で、つまらなかったから」
なんとも大人な意見だった。
朽木公園は街中のわりかし小さな公園だったが、ブランコやすべり台、それにジャングルジムなど、一通りの遊具は揃っていた。それに、汐里くらいの子どもが走るには十分なだけのスペースもある。
「ゆーいち、砂場で遊ぼう」
「おお、いいぞ」
「たくさんのおうちとお城をつくって、しおの王国をつくる」
誰かが置き忘れたのか元々あったのか、砂場に放置されていた赤いポップなバケツとシャベルを使って、俺たちは城とその城下町を作り始めた。
俺がバケツ一杯に砂を詰め込んだものをひっくり返し、巨大な山を形成する。それを汐里が形を整え、お城にしていった。汐里がその作業をする間俺は、そのまわりに砂で小さな突起を作った。それが民家になるのだった。
「家はどれくらい作ればいい?」
「できるだけいっぱい。そのほうが、たくさんの人からぜーきんが取れる」
「現実的だな……」
「ぜーきんはいっぱい取ろう」
そうして俺は汐里王国の納税者を増やすべく、どんどん家を作っていった。
そのとき、公園に誰かがやってきた。スポーツウェアを着た女の子で、リードを握り、犬を連れていた。
「あっ、義男!」
汐里は城作りを中断し、子犬の元に駆け寄る。人懐っこいその犬は、汐里にとびついて、頬をペロペロとなめた。
「久しぶりね、汐里ちゃん」
女の子は屈んで汐里と視線を合わせる。汐里は頭だけでぺこりとおじぎをした。
「あっ、柏木さんも。おはようございます」
俺に向かい、彼女は頭を下げた。その拍子に、黒縁の眼鏡が地面に落ちた。
「わわっ、買ったばかりの眼鏡っ!!」
女の子は慌てて拾い上げる。眼鏡のレンズにふぅふぅと息を吹きかけ、苦い顔でふたたびかけた。
「たしか、あの子犬の飼い主の……」
「はい。萩野春乃といいます。この前はありがとうございました」
再び彼女は深々とお辞儀をする。眼鏡がまた外れて地面へと落下したが、そのまえに俺が手を伸ばしキャッチした。
「かたじけないです……」
春乃は恥ずかしそうに眼鏡を受け取っていた。
その横で、汐里は真剣な顔つきで子犬を座らせ、手を差し出していた。
「義男、お手」
「この子、コロンなんだけどな……」
だがコロンは従順に汐里の手に前足を乗せた。
「置いてるし……」
「もう立場ないなぁ……」
春乃もこれにはさすがに困り顔だった。
汐里は春野の手を引っ張り、砂場の方へと誘導した。
「はるのちゃんも、手伝って」
「うん、いいよ。でも、私道具なにも持ってないよ?」
「はるのちゃん、持ってる」
汐里は春乃が持つシャベルを指差した。
「いや、これは……」
「俺もさすがにそれですくった土は触りたくないな……」
犬の排便処理のためのものだとは知らない汐里は、ただただ首を傾げていた。
春乃は穴掘りを命じられ、砂場の端から城にかけて、弧を描くような形状で長い溝を掘っていった。
「ここに、水を流して川を作る」
「お、いいな」
「それで、とれた水をミネラルウォーターにして売る」
「結局金儲けか……」
「ううん、それならダムを作って電力を売った方が儲かるよ」
「あんたもか」
春乃案は採用されたようで、川の横に大きく「ダム」と汐里は書いていた。これで汐里王国は、水力発電所を手に入れたのだった。
そうして一時間ほど遊んだところで、用事があるからと春乃は立ち上がった。汐里は心底さびしそうだった。
「はるのちゃん、また遊んでね?」
「うん、いいよ。今度うちにもおいで?」
「しおのおうちにも、また来て。一緒におにんぎょさんで遊ぼう」
春乃は微笑んで頷く。そして、コロンを連れて、公園を出て行った。
その姿を、汐里は見えなくなるまで眺めていた。
「はるのちゃん、いい人だった」
「よかったな」
「おねーちゃんも、きっとおともだちになれると思う」
「うーん、それはどうだろうなぁ……」
幼稚園児でこの前のようにうろたえたのだから、家に女子高生がやってきたとなれば、一体どうなるのか。俺はどうすれば少しでも深月姉の人見知りが解消できるのか、しばらく思案するのだった。
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