その24「深月姉が作家を志しだした」
「私は気づいてしまった!」
「うわっ、どうしたんだいきなり」
午前10時、鮭茶漬けを遅めの朝食に食べていた深月姉が、突然放った一言だった。
「私は気づいてしまったのだ、夕一!」
「いや、それはわかったから」
「ねーちゃんは気づいてしまったのだ!」
「だからわかったから」
なかなか本題に入らず、にやにやとしてじらしてくる深月姉。台所で洗い物をしていた俺は、振り返るのをやめて皿を磨く作業に戻っていた。
「もう、ちゃんと聞いてよ夕一ー」
「いったいなにに気づいたんだよ深月姉」
「私、働けるかもしれない!!」
「はは、なにを言うかと思えばそんな…………マジでっ!!??」
俺は振り返る。その拍子に、思わず掴んでいた皿を落としてしまった。
「わあっ!夕一お皿お皿!」
「皿なんてどうでもいい!それより深月姉、働くのか!?」
深月姉は箸を置き、ふんぞりかえって腕を組む。
「ふふふ、私こと柏木深月は、働く方法を見つけ出してしまったのだ!」
「なるほど!で、その仕事は?」
深月姉は満足げにうんうんと頷き、無駄に数秒ためる。面倒だったが、なにも言わずに次の言葉を待った。
「それはね……なんとなんと、作家!!」
「なるほど!……………ん?」
俺は興奮状態から覚め、深月姉の言葉について考えこむ。
「ん?どうしたの、夕一?」
「いや、作家になるって、深月姉文章書けたっけ?」
「書けるよー。一応私、大学も文学部だったし」
確かにそうだった。深月姉は大学の文学部で4年間、英文学を学んでいたのだった。隠れてよく授業を休んでいたりしたから、成績はあまりよくないようではあったが。
「でも、そんなに簡単じゃないと思うけどなぁ」
「できるよー。みんなの涙と共感を誘う恋愛小説を書くんだから」
「でも深月姉、まともに恋愛経験ないだろ」
「うっ………」
いかにも、痛いところを突かれた、という顔をする深月姉。深月姉と一緒に暮らしてきて、告白されたという話は何度か聞いたものの、それ以外に浮いた話など聞いたこともなかった。
「で、でも、SF作家は、宇宙人を見たことなくてもSF小説書けるでしょ?」
「歴史についてまったく知らない人間が、時代小説を書けるとでも?」
「…………うぅ」
言い返せず、深月姉はしょぼんとして、三角座りをしだした。さすがに言い過ぎてしまったようだった。
「もう、せっかくやる気だったのにー……」
考えてみれば、深月姉がゲームと夏夜姉の邪魔以外で、自分からなにかをしようとしたのは珍しいことだった。このままニートでいるよりかは、一部も売れなくてもなにかを生産していたほうがよかった。
「……まぁでも、挑戦してみることは、いいことなんじゃないかな」
「えっ、夕一もそう思う?応援してくれる?」
俺は苦笑いをしながら頷く。肯定する以外に、選択肢はなかった。
「よーし、全米が涙する作品を書くぞー」
「いきなり欧米狙いに行くんだ……」
張り切る深月姉を尻目に、俺は床に散らばった皿の破片を拾うのだった。
洗濯を終えて昼食の準備を始めた頃、時計は午前11時を指していた。そのとき、深月姉は突然ちゃぶ台をバンと叩いた。
「思いついた!」
「おっ、さっそくできたか」
「名義は柏木夕月にしようと思う!」
「ペンネームがかよ」
執筆に取り掛かるのは、まだまだ先になりそうだった。
俺は昼食を食べて、昼からのコンビニのバイトに向かった。そして夕方頃帰ってくると、深月姉はちゃぶ台に置かれたノートPCを前にして、うんうんとうなっていた。
「おねーちゃんに、トムとジェリー借りてもらった」
汐里はTSUTAYAの袋を見せてきた。テレビでは、猫のトムが相も変わらず鈍器やらなんやらでネズミのジェリーを追いかけ回している。どうやら一人PCに向き合うための施策のようだった。
「夕一!」
「なんだ」
「参考までに男性目線で答えてほしいんだけど」
「うん、わかった」
「夕一は、突然自分の家をダンプカーで粉々にしてきた女の子を愛せる?」
「…………」
質問があまりに突飛過ぎて、俺は言葉を失ってしまった。
そしてその質問で、処女作がかなり殺伐とした恋愛小説になるであろうことを、俺は悟った。
「どうなの夕一?ダンプカー好きで破壊狂の女の子を愛せる?」
「愛す愛さない以前に、警察に通報するよ」
どうやら深月姉は、かなり猟奇的なヒロインを作り出しているようだった。
「け、警察はさすがにひどいんじゃ……」
「藪から棒に人の住居潰してくる奴の方がよっぽどひどいだろ」
「でも、それがきっかけでヒロインの女の子と知り合って、ビルの解体現場の見物デートをすることになるんだよ?」
「イヤだよ、そんな土埃にまみれたところでのデート」
共感もなにもあったものではなかった。
「むむ……恋愛って難しいなぁ……」
「恋愛以前の問題だよ。以前の」
しばらくまた難しそうな顔で考え込んでいた深月姉だったが、やがて頭をかきむしり、ノートPCを閉じてしまった。
「あーもう、恋愛ってなんだ!人は何故人との繋がりを求めるのだ!」
ついには哲学的なことまで口走る深月姉。俺は苦笑いして、夕食の準備をするために台所に向かった。
深月姉の作家デビューは、まだまだ遠そうだった。
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