その23「子犬の飼い主探しをした」

 「うわっ、どうしたの夕一、そのワンちゃん」




 朽木の森から連れて帰ってきた子犬を見て、ゲームをしていた深月姉は心底驚いていた。




 「義男、おねーちゃんにごあいさつして?」




 子犬の義男は深月姉に向かって吠える。深月姉は近づいて、さわさわと頭を撫でた。




 「飼い犬っぽいんだけど、お腹空いてるみたいだったから、ひとまず連れてきたんだ」




 「へぇ。ミニチュアダックスフントみたいだね」




 深月姉は子犬を抱き上げる。




 「深月姉、いつもみたいに怖がらないんだね」




 「それは人間だけだよ。犬は無垢で従順だもん」




 汐里が自分も触らせてほしいと、ぴょんぴょんと跳ねていた。深月姉が床まで下ろしてやると、子犬は元気に6畳一間を駆け回った。




 「夕一、犬ってなに食べるんだっけ?」 




 「さぁ。たしか、玉ねぎとかは食べさせちゃいけない、というのは聞いたことがあるけど」




 俺はノートPCを起動させて、ネットで調べてみる。




 「ネギ類の他に、チョコレートとかアボガド、それにナスとかもダメらしい」




 「ふぅん」




 「あとは、魚介類だとカニとかカキとか」




 「まぁ、その辺は私たちでも食べられないよね」




 「金銭的な意味でな」




 俺は冷蔵庫を開いてみる。基本的に野菜や肉類は買い置きをしておかないため、それほど食料はなかった。




 「夕一、キャベツとかお豆腐も食べられるみたいだよ」




 「あっ、キャベツならあるな」




 俺はキャベツを取り出し、1/8にカットして、それをみじん切りにする。鍋に水を張って火をつけ、沸騰したところでキャベツを入れた。




 「塩は振った方がいいのかな」




 「人間が食べるものはみんな塩分が多いから控えましょうって書いてあるよ」




 「じゃあいらないか」




 茹で上がったキャベツを皿に盛り付ける。湯気が出るそのキャベツを、汐里はふぅふぅと息で覚ましながら子犬の元まで運んだ。




 「あっ、食べた!」




 子犬が皿のキャベツを食べるのを見て、汐里より先に深月姉が声を上げた。汐里はまるで子犬の親のように、熱心にキャベツを噛む子犬の頭を撫でていた。




 「この子の飼い主、どうやって見つけたらいいんだろうね」




 「んー、電柱に張り紙、とかになってくるのかな」




 「うちプリンタないけど大丈夫?」




 「たしかコンビニのプリンタにデータ送れば印刷できたはずだよ」




 俺はスマホのカメラを子犬に向ける。写真を撮ることを察知した汐里は、一緒に写るように子犬に頬を寄せた。




 電子音がして、写真を撮る。子犬はあごの毛に細切れのキャベツをからめていたが、きれいに撮れていた。 




 「ゆーいち、写真をとるときは、はいちーずって言わないとだめ」




 「えっ、別にいいだろう。飼い主探しのポスターに使うだけなんだから」




 「でも、しおと義男におっけーをもらわないと、それはもうとーさつ」




 「……………」




 「連続とーさつ魔」




 「初犯だよ!!仮にこれが盗撮でも!」




 汐里に負けて、俺はもう一度スマホのカメラを起動する。今度はハイチーズ付きで、写真を撮った。




 「これでいいか、汐里?」




 「ん、いい」




 汐里は深く頷いた。




 「次は『1たす1は』でもっかいとろう」




 「もう撮らねぇよ」




 俺がノートPCでポスター作りをする間、汐里と子犬の写真は深月姉が撮っていた。しまいには、汐里と子犬が遊ぶだけのムービーまで撮っていた。




 「深月姉、一応作ってみたけど、これでどうだろう?」




 深月姉が後ろから俺の肩にあごを乗せ、覗き込む。




 「うわ、すごーい。夕一ポスター作りの才能あるんだね」




 Excelの中で適当に写真と情報を打ち込んだだけの粗末なものだったが、深月姉は褒めてくれた。おそらくこの前まで働いていた深月姉が作ったほうが格段にいいものができそうだったが、深月姉はこれでゴーサインを出した。




 「明日朽木公園の周りを中心に2、30枚くらい貼って回ろうか。飼い主も必死で探してるだろうから、きっとすぐに連絡が来るよ」




 「そうだね。夕一、がんばってね」




 「深月姉も来るんだよ」




 「ええっ!?私今日は徹夜でゲームしようとしてたのに……」




 「普段ぐーたらしてるんだから、こんなときくらい働いてもらなわないと」




 「働く……」




 その言葉を聞いて、深月姉はがくりとうなだれた。




 「でも、ここでがんばっていい働きを見せたら、私ニート脱出したって言えるかな?」




 「いや、せいぜい『ニート』から『役に立つニート』にランクアップするくらいだな」




 「結局ニートかぁ……」




 また深月姉はがっくりとうなだれるのだった。




 次の日、2人で汐里を幼稚園に送り出した後、近くのコンビニで昨日作ったポスターを20枚印刷して、朽木公園に向かった。




 「適当に人目のつきそうなところに貼っていこう」




 俺と深月姉は手分けをして、ポスターを貼っていった。枚数もそれほど多くはないため、人通りの多いところを狙って貼っていく。通勤時間ということもあり、歩道にはサラリーマンや学生が、駅の方向へちらほら歩いていた。




 10分ほど貼りながら歩いていき、商店街前の電信柱に貼っていると、立ち止まってその張り紙を凝視する女の子がいた。




 「あっ、コロン……!」




 女の子の方を見る。長い髪を二つにくくり、眼鏡をかけていた。この辺の高校のブレザーを着ている。高校生のようだった。




 「あの、あなたがこの子犬を預かっていらっしゃる方ですか?」




 俺は頷く。女の子はほっと胸をなでおろしていた。




 少し話すと、彼女は朽木公園からは2km程離れた住宅街に住んでいることがわかった。2日前、散歩中にはぐれていなくなってしまったのだという。




 彼女もこれから学校があるため、ポスターに書かれている俺の電話番号に後ほど連絡する約束をして別れた。俺は電柱に貼ったポスターを剥がして、深月姉との待ち合わせ場所に戻っていった。




 朽木公園に着くと、ベンチで深月姉はぐったりとしていた。




 「夕一~、ダッシュで全部貼ってきたよ~。これで私、役に立つニートになった?」




 「あ、深月姉、飼い主見つかったよ」




 「……ええっ!?」




 深月姉は道路だというのにその場にへなりと座り込む。飼い主は見つかったものの、自分の働きがさほど報われなかったため、複雑そうな顔をしていた。




 「とりあえず、帰ろうか」




 昼過ぎに一度連絡があって、今日の夕方に子犬を引き取りに行きたいと言われた。俺はアパートまでの道のりを説明して、電話を切った。




 そうして夕方になって、女の子は子犬を引き取りにきた。心配していたのだろう、女の子はひどく喜んで子犬を抱きしめていた。




 「ああ、義男……」




 汐里は名残惜しそうに子犬を見つめている。




 「この子の面倒を見てくれてありがとうね」




 女の子は屈んで、汐里にお辞儀をした。




 「ときどき、義男に会いに行ってもいい?」




 「うん、いいよ。いつでもおいで。それに、毎日夕方に朽木公園のあたりで散歩してるから」




 女の子は立ち上がり、俺にも深々と頭を下げた。




 「柏木さん、ありがとうございました。コロンを助けていただいて」




 「いえいえ。助けたって言っても、一日だけですし。それに汐里も楽しそうだったのでこちらもよかったです」




 女の子は微笑み、スクールバッグからノートを取り出した。そしてなにかを書きとめて破り、汐里に渡した。




 「汐里ちゃん、これ、私の連絡先だから、コロンに会いたくなったら電話ちょうだいね」




 汐里は紙の切れ端をじぃっと見つめていたが、やがて頷いた。




 「義男、コロンっていう名前なの?」




 「そうだよ」




 汐里は、抱きかかえられた子犬を撫でる。




 「ばいばい、コロン」




 子犬ははしゃぎ、汐里の頬をなめた。人懐っこい犬だった。




 女の子とコロンは帰っていき、俺たちも部屋の中に入った。




 汐里はしばらく三角座りで座っていたが、やがて自由帳に絵を描き始めた。なにを描いているのかはわからなかったが、茶色の色鉛筆を使っているあたり、どうやらあの子犬のようだった。




 「あのおねーちゃんにあげるの」




 「そっか。喜ぶよ、きっと」




 深月姉は汐里の横で、子犬が描かれていくのを優しく見守っていた。




 俺は鶏肉をぶつ切りにして、フライパンを火にかけた。今日はオムライスだった。

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