その12「ミニチュアハウスを作ろうとした・下」
駅前のショッピングモールは休日ということもあり、すごい人ごみだった。広大な駐車場も、きれいに埋め尽くされている。
人ごみが苦手な深月姉は、俺と汐里の後ろを、とぼとぼと浮かない顔つきで歩いていた。反面汐里は、人形を買ってもらえるということもあり、言葉には出さないがかなりご機嫌だった。
おもちゃ売り場は子どもたちで賑わっていた。着くなり汐里は俺の指を握る手を離し、女の子のおもちゃコーナーに駆け出していった。
「わ、あれ最新作だぁー」
深月姉も、ゲームの体験コーナーに飛び込んでいく。3Dの対戦格闘ゲームだった。ストラテジーやシュミレーションものはからっきしダメな深月姉だが、こういった格闘系やアクションやシューティングはかなりうまい。だが、いくら好きとはいえ、子どもたちの後ろに並んでいる光景は、どことなくシュールだった。
数センチの人形が入った箱を両手に取り、汐里は品定めをしている。右にはリス、左にはウサギの箱が握られていた。
「どっちがいいとおもう?」
汐里は俺にその2つを突き出してきた。ウサギの方にはランドセルやら勉強机やら、小学生の小物家具一式が揃っていて、リスの方はよく見ると双子だった。
「こういうセットがあるのか……」
深月姉は小さい頃からゲーマーだったし、夏夜姉は本を読むことが多かった。あったのは、おままごとセットや女の子向けアニメのグッズくらいなものだった。こういった人形の類を見るのは初めてだった。
「ねぇ、どっち?」
「そうだなぁ……」
どちらと言われても、小学生のウサギにもリスの姉妹にも、まったく興味はない。俺はこっそりと、この二つの値札を見た。
「……ウサギだな。ウサギがばつぐんに可愛い」
「なるほど……」
汐里はじぃっと二つを見比べる。そしてぱっと顔を上げた。
「しおもそう思う!」
リスの箱を汐里は戻し、ウサギの方を俺に渡した。地味に家計が救われた瞬間だった。
会計を済ませると、子どもたちをコテンパンに打ちのめしていた深月姉を拾い、隣接するホームセンターに向かった。ここでは、二人のテンションはさほど上がらなかった。
「私汐里ちゃんとペットコーナーで時間潰してるから、適当に買っておいて」
「わかった」
深月姉たちは仲良く手を繋いで犬かごが羅列するコーナーへと向かっていく。俺はそれを見届けて、すぐ近くの木材コーナーで、夏夜姉が指定した木材を探した。
深月姉の指定はかなり細かく、それがかえってわかりやすかった。どれかわからなければ、店員に聞けばすぐに1つ2つ抱えて持ってきてくれる。俺はそれを選ぶだけでよかった。蝶番も、型番まで指定されている。これを一時間足らずでやってのけるとは、夏夜姉の底が知れなかった。
買い物が終わると、俺たちはアパートに帰った。荷物を半分深月姉に持ってもらっていたので、普段運動をほとんどしていない深月姉はへとへとだった。
「よし、昼飯を食い終わったら、早速作り始めるか」
「えぇー、今日はもう疲れたから、明日にしようよー」
それを聞いた途端、汐里の表情が一気に暗くなる。そして、買ったばかりのウサギの頭を、静かに撫で始めた。
「おうち、あしただって。きょうはほーむれすだね……」
「わ、わかったてば!今日作るから!その子を宿無しにはさせないから!」
「よろしくおねがいします」
ウサギと一緒にぺこりと頭を下げる汐里。可愛い顔をして、なかなかに狡猾だった。
夏夜姉の説明書に従って、木材を切り出し、ボンドやらなにやらでそれらを止めていく。薄い木の板のため、釘では止められないようだった。
「うわ、夏夜ちゃん、簡単に書いてるけど、けっこうな技術要求してくるね」
「まぁ、言ってみれば家のミニチュア模型だからな。本来なら建築設計会社がやるような仕事だ」
俺たちは、黙々と作業を進めていった。
日が暮れても作業は終わらず、夕食は冷凍のパスタになった。
そしてテレビの夜のバラエティ番組が盛り上がりを見せ始める頃、ようやく家が組みあがった。
「よし、あとは壁紙を貼れば完成だ」
「おお」
汐里は珍しく、子どもっぽく何度か跳ねた。かなりテンションが上がっている証拠だった。
「ちょっと触ってみてもいい?」
「まだ接着剤が乾ききってないから、強く押したりしないようにな」
汐里は慎重に家の屋根部分に触れ、蝶番で止められた家を半分に分ける。すると、二階建ての一軒家の内装が出てきた。
「すごい……」
木の板で区切られた二階の部屋の一つに、汐里は先ほど買った勉強机やランドセルを載せる。そこがウサギの部屋のようだった。
「よかったね、直子」
「直子?」
汐里はウサギを指差す。
「この子の名前」
「なんというか、それはまた古風な名前だな……」
汐里はウサギの直子を撫で回し、家の中を歩かせたりして遊んでいた。
「喜んでるみたいでよかったな、深月姉」
「そうだね。まぁ、かなり疲れちゃったけど」
時計を見ると9時を過ぎていた。だが、汐里はそれにも気づいていないようだった。
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