その8「いっしょにカレーをつくった」
「夏夜ちゃんと映画なんて許しません!」
深月姉は、ちゃぶ台をバンと叩いた。
「どうして?昔3人でよく行ってたじゃないか」
「今回はダメなの!この前の高級レストランといい、私との経済格差をみせつけて、夕一を自分のアパートに移住させる算段なんだからきっと!」
「格差もなにも、深月姉ニートじゃん」
「がーーん!!」
地に手をついて落ち込む深月姉。なんともめんどくさい姉だった。
「あ、そうだ!行くか行かないか、しりとりで決めよう!」
「どうしてそうなる」
俺はため息をついた。
「え、いや?なんだったら、広辞苑を持ち合ってもいいルールにしてもいいけど……」
「何週間しりとりするつもりだよ。むしろ、普通にやっても長引いちゃうから、なにかジャンルで縛るべきだろ」
「んー、それじゃ、アンパンマンのキャラクターの名前縛りでいこう」
「いや、それ主要キャラだいたい最後『ん』で終わるから」
そんなくだらないやりとりをしていると、くいくい、と俺のシャツの裾が引っ張られる。汐里だった。
「しお、きょうのばんごはん、カレーが食べたい」
「ん、カレー、好きなのか?」
コクコクと汐里は頷く。
「しおは三度のメシよりカレーが好き」
「カレーもがっつりメシだけどな」
今日は火曜日だから、近所のスーパーで野菜類が安い。そのぶん肉は高いが、まぁいいだろう。
「そうだ、今日は一緒にカレー作るか」
「作る!」
汐里がうれしそうに跳ね上がった。
材料を揃えるために3人でスーパーに行き、たまねぎ、にんじん、じゃがいもと豚小間300g、しるこサンド2袋とその他買い置きの食料などを買ってアパートに帰った。深月姉がゲームショップに行きたがったが、時間の関係でやめになった。
部屋に着くとさっそく材料を台所に並べていき、大きめの鍋を用意して、カレー作りの準備をした。
「とりあえず、材料を全部切っていこうか」
台所では汐里の手が届かないため、ちゃぶ台にまな板を用意して、深月姉と二人で材料を切ってもらった。その間に、俺はバターをカットして、準備をした。
「……おにーちゃん、目が痛い」
どうやらたまねぎにやられたようだった。深月姉も汐里も、しきりに目をこすって涙を流していた。
「たまねぎってどうしてこう目にくるんだろうね」
「しお、玉ねぎのこと、一生ゆるさない」
「安心しろ。その玉ねぎもあと数刻で捕食される運命だから」
汐里は初めてで、深月姉も滅多に包丁を握らないこともあり、思ったよりも時間がかかったが、ケガをすることもなく無事切り終えた。
「ねぇ夕一、次はなにをすればいい?」
「あ、深月姉もういいや。あとは煮込むだけだから」
「カレー作りでも私ニートなの!?」
とぼとぼと台所から離れていく深月姉。なんとも悲観的な解釈だった。
汐里と一緒に鍋に材料を入れ、バターで炒める。しんなりしてきたら水をはって、沸騰したあたりでカレールーを投入する。あとは待つだけだった。
「ねぇ、おにーちゃん」
「どうした汐里?」
「カレーをおいしくするにはどうしたらいい?」
「おお、この最終工程を終えたタイミングでそれを聞いてくるか。そうだなぁ、おいしくなる魔法でもかけてみたらどうだ?」
「わかった」
汐里はぐつぐつと音をたてるカレー鍋に向かって、ぱちんと両手を合わせた。
「なんまんだぶー」
「うん、ちょっと違うかな、それは」
相変わらず少しズレている汐里だった。
30分ほど煮込んだところで、火を止めて、皿にご飯をもりつける。あとはカレーをかけるだけだ。
「あ、しおがかける!」
汐里がお玉ですくって、それをご飯の上にかけた。そうして、カレーライスが完成した。
汐里がカレー皿をちゃぶ台の上に並べる。3人でいただきますをして、食べた。2人は顔をほころばせていた。
「うまーーー。やっぱり自分で作ると格別だねー」
「材料切っただけでよく言えたな」
「夕一、いつもありがとうね」
「どうしたのいきなり」
深月姉は恥ずかしそうに頬を染める。
「夕一は私のために毎日あんな玉ねぎの苦しみに耐えて、料理を作ってくれてたんだって思ったら、なんだかうれしくなってきて」
「ああ、それね、切るときに息止めたら涙出にくくなるんだよ」
「へぇー……って、えぇ!?」
ショックのあまり、ちゃぶ台の足にすねをぶつけたようで、深月姉はもだえた。
「さらに言うなら、事前に玉ねぎを冷蔵庫に入れておいたら、汁が飛散しにくくなるし」
「なんですと!?」
深月姉はショックで、スプーンを落としていた。
「ありがとう返して!」
「なんでだよ」
「いいから、私の真心込めたありがとう返して!」
あまりにもしつこかったため、結局俺はよくわからないまま、真心を込めて深月姉にありがとうを言うはめになった。
「おにーちゃん」
「どうした?」
「すごくおいしい」
汐里は口にルーをつけながら、うれしそうに食べていた。
「しお、もしかしててんさいなのかな」
「うーん、そうなんじゃないか?」
どちらかというとバーモンドカレーの開発者が天才なのだろうが、あえて口にはしなかった。
そうして食事が終わり、カレー皿を水につけていると、深月姉が勢いよくちゃぶ台を叩いた。
「夕一!いいこと思いついた!」
「どうしたんだ」
「明日、私と汐里ちゃんも一緒に行けばいいんだ、映画に!」
「うん、そうだな………って、ええっ!?」
「やったー、えいがだー」
急遽、明日3人でのおでかけが決定したのだった.
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