その3「服買いに行ってきた」
「あの~、ご趣味はなにを……」
「お絵かきとおままごとです」
ちゃぶ台を隔てて、深月姉と汐里が話していた。出会って二日だというのに、二人の距離は一向に縮まらない。その結果、いまだにお見合いのような会話が進行していた。
「汐里ちゃんから私に、なにか質問はありますか?」
汐里が、考え事をするように宙を見上げた。可愛らしい小さな手が、その頬に添えられている。そしてあるとき、汐里は前を向いた。
「どうしておねーちゃんは、一日中おうちにいるの?」
「がーーーん!!」
深月姉は、ショックのあまり地に伏してしまった。長い髪がちゃぶ台の上に散らばり、汐里はそれをつまんで遊んでいた。
「おにーちゃん。おねーちゃんが倒れてるよ?」
「汐里、世の中にはな、疑問に思っても聞いちゃいけないことがあるんだ」
「それって、おねーちゃんがはたらいてないこと?」
「がーーーん!!」
畳に頭がめり込みそうな程の勢いで深月姉は倒れこむ。
「あの、それ以上はもう……」
「どうして?しおは、おねーちゃんがにーとなのか聞こうとしただけだよ?」
「がーーーん!!」
深月姉は突っ伏したきり、動かなくなってしまった。指先だけが、ピクピクと痙攣している。
俺は、汐里の両肩にポンと手を乗せた。
「いいか汐里、これ以上深月姉の話はやめてあげてくれ。彼女のヒットポイントはもうゼロだ」
彼女はまた、宙を見上げて考え込む。そして、動かない汐里姉の元まで行って、背中をさすった。
「だいじょうぶだよ。おねーちゃんみたいにはたらかない人、今ふえてるみたいだし……」
「むごはぁーーー!!」
「死体蹴りはやめてあげて!!」
彼女なりに考えたフォローが凶器となり、深月姉はしばらくのたうちまわっていた。無邪気がいかに恐ろしいものなのか、思い知った瞬間だった。
「そういえば汐里、それ以外に服ってないよな」
俺は汐里の着る幼稚園の服を指さす。彼女は、コクリと頷いた。
「買いに行くか?今日バイトないし」
汐里は少し考えるようにして、コクリと頷いた。
「それと、お絵かき帳もほしい」
彼女は、幼稚園ポーチから自由帳を取り出して見せた。もう描くスペースがないのだろう、家族で遊んでいる絵の隙間に、明らかにサイズが不釣り合いな猫の絵が描かれていた。他のページも、絵で埋め尽くされている。
「いいよ。それじゃ、買い物に行こう」
死んだように倒れていた深月姉が、ピクリと動き顔を上げた。
「ねぇ、私も行っていい?着て行く服がないけど……」
「ビジネススーツ着ればいいじゃん。一年着てないんだし」
「それはイヤ!私はもう生涯スーツは着ないって決めたの!」
汐里は、俺がしたようにポンと深月姉の肩に手を乗せた。
「にーとってたいへんなんだね」
「むごはぁーーー!!」
彼女なりの同情が、むしろ深月姉を傷つける結果となったのだった。
隣町の古着屋まで3人で歩いていった。汐里は俺の人さし指を握って歩き、彼女を警戒する深月姉は、その数歩後ろについて歩いた。
古着屋に着くと、深月姉は子どものように駆けて、ベージュのトートバッグを手に取った。
「ねぇ夕一、このバッグかわいいよー。買ってー」
「深月姉、外に出ないんだから、物を外に持ち運ぶための物はいらないだろ」
「あ、そっかー」
妙に納得したように、彼女はバッグを棚に戻した。
「……………」
汐里がなにか言いたそうな顔をしていたので、俺は事前に口を塞いでおいた。
子供服のコーナーをまわり、いくつか見て、汐里に手渡してみる。彼女は少しだけ見るが、すぐに俺に返してきた。
「汐里はどんな服がいいんだ?」
「ん、なんでもいい」
そのわりに、いくら服を渡してみても、彼女はまったく興味をみせなかった。
「自分で探してみな」
そう言うと、彼女は頷いて、子供服コーナーを一人まわっていった。
そして、戻ってきた汐里は両手に一つづつハンガーを持っていた。モノクロのプリントが入った白いシャツと、赤いカーディガンだった。子ども服にしては、ひどく大人びていた。
「もっとこう、子どもっぽい服の方がいいんじゃないのか?」
「ん、ママはそーいうのすきだったけど、しお、こういうお服がすきなの」
彼女は俺に服を渡して、また新しいのを探しに行ってしまった。俺はもう一度服を見てから、買い物カゴに入れた。
「夕一~、私、これがいい~」
深月姉が持ってきたのは、クマのマスコットキャラが大きく刺繍されたトレーナーだった。
「……深月姉は、もっと大人っぽい服着た方がいいよ」
「えー、こんなにかわいいのにー」
そう言いながら、俺のカゴにトレーナーを突っ込む深月姉。そして、彼女もまた新しい服を探しに行ってしまった。
結局、2人とも4、5日のローテーションが組めるだけの服を買った。その後、帰り道にスーパーで夕食の材料と自由帳を買って帰った。
自由帳が買えたからだろうか、相変わらず汐里は笑いもしなかったが、どことなく満足そうだった。
その夜、夕食が終わり風呂に入ると、汐里は早速真新しい自由帳に絵を描いていた。
だが午後9時になると、彼女はピタリと描くのをやめて、深月姉の布団に入る。
起きないように、俺は明かりを豆電球に変える。それから、音量を下げて深月姉とRPGゲームで遊んだ。
RPGを2人でするときは、基本的に俺がコントローラーを握り、深月姉が指示係になる。
俺がせっせとレベル上げをしていたとき、深月姉が背中をつついた。彼女の手には、汐里が描いていた自由帳があった。
深月姉は微笑み、最初のページを開けて見せる。
そこには、俺と深月姉と汐里の3人で買い物をしている絵が描かれていた。
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