第15話 本の虫。わずかな違和感。

「なんだこれ…」




そんな言葉が俺の口から出た。これは本心からの言葉であり、俺がこの世界に思っていた認識を大きく変えた。




意外にもこの世界では化学が発展しているからなのか現代の日本ともあまり変わらない施設が整っている。てっきりこの世界の発展はそこまで進んでいないものと考えていたがそうでもないらしい。




「科学者がいたのか?それにしたって…」




それにしたって綺麗すぎる。まるでつい最近まで稼働していたかのようっだ。地面の中に埋まっていたにしろそこまで劣化はしていないし、埃っぽくはない。




テーブルの上に無造作に置かれたビーカーなどの研究器具を手に取り眺めるが、どれも向こう側が透けて見えるほど綺麗に掃除が行き届いていた。




辺りを見渡し人の気配を探すがこの光景に似合わず人の気配はわずかにも感じられなかった。それどころかここに入ってきた俺たち以外の生命体が生息しているようにも見えない。




ふとイーサンを見ると机を撫でボーっとその指を目で追っていた。この場所に覚えがあるのかなんだか考え深く見える。




そもそもこの場所には彼の案内で来たのだから恐らくは彼が動いていた時にこの場所に来たことがあるのだろう。




しかし、俺が初めて会った時のイーサンを思い返すが、体についていた苔や風化状態から見てその認識が合わなくなってしまう。






俺は「うーん」と声を出しながらどういうことかと考えているとふいに袖を引っ張られ振り返るとスーが袖を引きながら奥を指さしていた。




指の先を見ると奥には扉があり、どうやら「先に進もう」と言っているように感じた。俺はその指示に従い歩き始めるが、振り返るとイーサンはまだ机を眺めていた。




「おいイー…」




名前を呼ぼうとするとスーが俺の目の間に手を差し出して静止してきた。なにかとおもいスーを見るとただ横に首を振っていた。




ここまでくれば俺もなんとなくだが空気を読める。きっとこの場所とイーサンには何か関係があったのだろう。そして今はその再開に思いを馳せているのだ。




イーサンを置いて俺は先へと足を進めた。




扉を開けた先には暗闇が広がっており、暗闇をスーが照らすと奥へと続く通路があった。




そして今は先ほどとは違ってイーサンではなくスーが案内している。




先頭を指先に照らした日により照らしながら進むスーを横目に振り返ってみるとどうやらリャンもあの研究室に残ったようだ。先ほどよりも少ない人数で通路を進んでいくとそれほど歩いていない場所に同じような扉が見えた。スーは先ほどの仰々しい開け方ではなく自分で扉を開けると俺を招き入れたので俺はおとなしく扉をくぐった。




スーが先ほどの部屋で行ったように手を横に伸ばし何かに火をつけると部屋中へと炎が広がって伸び始めた。




しかし先ほどの部屋とは大きく違い炎はぐんぐんと伸び続け部屋を照らし続けた。




そうして次第に明るくなる場所から明らかになってきたのは天井まで伸びる巨大な本棚。そしてその本棚を埋め尽くすかのようなおびただしい量の本だった。




そんな量の本を保有した本棚が三十以上も奥へ続き、それが横に四列も並んでいる。恐らくは昔行った地元の図書館よりも本の数は多く、俺は思わず一歩後ろに後ずさりをしてしまった。




するとそんな俺を置いてスーとオメガ、アルファは本棚へと歩み始めた。前をどんどんと進む三人を眺めているとサンが俺の腕を引き近くにあったテーブルへと案内した。俺はひかれた椅子に大人しくちょこんと座るともう一度当たりを見渡した。




先ほどはほんの多さに圧倒されたがよく見ると本の数だけではなかった。本棚の細部に刻まれた装飾、灯りをともしている炎の通り道、床に使われている大理石、今自分が座っているこの椅子にテーブル。全てが日本にいた時でさえあまり目にしたことのないほど立派なものだった。




昔接待を受けホテルのスイートルームに泊まったことを思い出す。それほど高いホテルでは無かったが謎に飾られた絵画やティーカップの写真を撮って実家の母親に送ったことを思い出すな。




しかし、そんな事よりも気になることがあったのだ。炎の通り道になっているところは中に油か何かが流れているのかと考えれば納得いくが俺の目を離さなかったのはその炎の通り道の上に設置された窓だった。




「なんで地下に窓?」




少なくとも俺がこの場所に来る際は地下への道を進んできた。つまりここは地下であるはずなのだ。それなのに日の光を取り入れるための大きな窓がついているのだ。




この場所には似つかわしくない不要な物がこの場所には設置されている。




「なんだろ、魔法で外の風景でも移すのかな?」




プロジェクションマッピングのようなそういう機能でもあるのか?




そんなことを考えていると奥に向かったスーがコツコツと大理石を鳴らしながら近づいてきた。その手には大量の本が抱えられていたが、スーはバランスを崩すことなく俺の元へと運んできた。




そうしてテーブルの上へと危なげなく置くとなんコカの山へ分けて俺へと差し出してきた。俺はおずおずと手を伸ばして中身を確認したが…。




「…読めん」




全く読めなかった。というよりも全く知らない文字ばかりだったので中学生が考えた中二病文字にしか見えなかった。




逆さまにしても遠くから見ても目を細めてみても落書きの延長のような文字には変わりなかった。




オメガやアルファが同じように本を何冊も持ってきてはくれたがスーの時と同じで結果はすべて同じでたった一つの文字も解読することができなかった。




文字を教わろうとするが相手は動物と言葉を話せない石でできたゴーレムだけだった。完全に積んでいる。




カイトやアリスは飽きたのかあくびをしながら辺りをきょろきょろ見渡したり自分の体の毛づくろいをしていた。




俺も同じように集中力が切れたため背伸びをしたり体をひねったりとしながら気を紛らわしていたが次第にそれは限界に来たため俺は立ち上がると辺りの散策を始めた。




しかしいけどもいけどもどこもかしこも本ばかりでこれといった面白い物もなく、ただ本の背表紙に書かれた謎の文字を眺めるだけになってしまった。




「あーぁ、漫画か雑誌でも置いてないのかな」




前の世界では学生時代に漫画を集めて何作も読み漁っていた。だが俺が大学で地元を遠く離れた地に行って一人暮らしをした際に集めていた漫画をすべて家へ置いていった。そして帰った時に久しぶりに読もうとしたらどこにも漫画はなく母親に聞くと「邪魔だから売ったよ」と言われたのを機に嫌になって集めるのをやめてしまった。




社会人になってからは狭いマンション住まいになってしまったし、なによりも夜遅くまで仕事の日々だったため物を集める習慣がなくなり夕飯を買いに立ち寄ったコンビニで動物特集の雑誌を買うのみになってしまった。




そうして自分の人生を振り返るが後半は動物に捧げただけで何も面白みのない寂しい人生だったなと感じる。




「ん?」




そうして考え事をしながら本の背表紙を眺めているとある本で目が留まった。




相変わらず文字が読めないのは変わらなかったが、それでも俺が知っている文字があったのだ。




「1」「9」「8」「6」「2」「4」…と数字が背表紙に書いてあったのだ。




俺の知っている数字なのか、それとも俺の知らないこの文字なのかは分からなかったが俺はその文字がなんとなく気になりボーっと眺めた。




「気になる」




知っている文字だから気になったわけではない。同じ背表紙で分からない文字が書かれているがそのばらばらの数字が気になったのだ。




昔から巻数が違っておいてあったり違う本が混ざっていると気になる性格であり、こういうのを見るとなんだかそわそわしてきてしまう。




俺は本を手に取ると順番に並べなおした。




「ふふっ、昔見た映画でこうやって本を並べると秘密の扉が開かれるなんて仕掛けあったよなぁ」




そんなことを言いながら俺は鼻歌交じりに本を順番に並べ始め、最後の本を棚に押し込んだ時だった。




パカッ。




「へ?」




不意に感じる浮遊感。瞬間俺は足元を見ると暗闇が俺を飲み込もうと待ち構えていた。どうやら下の大理石が開き、落とし穴が出現したようだった。




「いや、謎解きどころかトラップなのは見たことないって…」




スーが俺へと手を伸ばすのが見え、その手を取ろうとする。だが俺の手は空を切った。




こうして俺は闇に飲まれた。

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