第12話 えんもたけなわ。かつての研究。

少し欠けた夜空の元、蠟燭に灯されたわずかな光が集まってまるで太陽のように明るく広場を照らしていた。




あたしはそんな広場の中お酒を飲んで顔を少し赤くながら舞台の下にいる住民を眺めにやけている飼い主、いや、主を眺めながらあたしはその目線の先を追っていた。




目線の先には酒をあおいで上機嫌になりながら逆立ちをしているケットシー、さらには鼻先で皿を回しているコボルトの姿があった。




その周りではオークとミノタウロスが相撲を取り合ったり、ゴブリンがコボルトの真似をして皿を回していたりしている。




「まったく、肝心のこのバカには今日の宴の内容なんて伝わっていないのに…」




そんなため息をつきながらアホ面のままニヤニヤと平場を眺める主を見る。今日の宴は魔族領の復活、さらにはこのバカの魔王就任祝いだというのにそんなことも知らずただ一言「乾杯」だなんて言ったというのに。




あたしはもう一度ため息をつく。この先このアホが巻き込まれる災難を想像してより悩みが増えていく。




「いやぁ、めでたいですね。スラ君さんも楽しんでおられますか?」




「その呼び方はやめな。まだあたしには名前はないよ。それにこんなふざけた祭り開いてるけどこいつは分かっちゃいないよ?いいのかい?」




あたしの名前がないというのは事実だ。それはまだあたしへの魂に制約はかかっていないからだ。名付けの際に生じる縛り、制約というのはそれなりに体への衝撃がかかるらしい。




まず第一に主へ逆らおうという思考ができなくなるらしい。つまりは名付け親への悪口であったり裏切り行為をするという思考を制限されるといったものだ。




第二に嘘を付けなくなるというものだ。主に聞かれれば素直に話さざるをおえないようになるらしい。




そして第三の制約が気持ちの制限だ。これはどういうことかというと、例えばこの主に敵意をもっていた者であっても主の事を好きになるというものだ。まさにカイトがそのいい例である。本人は気づいていないようだが名づけをされた際にころっと変わってしまっている。




あたしにはそのどれもも起こっておらず、こうしてこのアホ面への悪態をつく言葉出来るということから名づけは完了しているとは言えないのだ。




きっとこの男にはあたしが意志を持っているとは考えず呼びやすいように呼んでいるのであろう。




「そうでしたね、すみません。それはなんとかする方法に心当たりがありまして」




そういいあたしに説明するイーサン。




あたしは目線をイーサンへと向け「どういうことだい」と聞いた。どうにかなると言われたがそんな方法があるとは思えない。どうやってコミュニケーションを取るというのだろう。




「我々魔族がどうやってコミュニケーションを取っているかわかりますか?」




「いや?普通に声を発してコミュニケーションを取っているのではないのか?」




「残念ながら違います。我々魔族は声を発することはできません。恐らくアリスさんの声であれば『ワン』と聞こえ、カイトさんの声は『ヒヒーン』といった声でしょうか。動物の鳴き声としか受け取れないはずなのですよ」




あたしは余計にわからなくなり首をかしげて「どういうことだい?」と聞いた。




「生物にはみな魔力が備わっていて、生きるのに必要な力であるということはスライムさんもご存じかと思います。実はその魔力は呼吸や会話、動きになんかにも魔力は含まれています。つまり、全てには魔力が関係しています」




その位は私でも理解しており、ぼんやりとした空腹にまりれていただけの頭でも理解していた事であり、この世界の生物なら理解できることだった。




「声に乗せられた魔力というのは声と同じように波となり相手の鼓膜ではなく体へと届けられます。そうすることにより鼓膜のない他の魔族ともコミュニケーションを取れますし、声帯を持たない魔族でも相手へ意志を伝えることができるのです」




「そうなんだね」




よくよく考えればあたしには臓器というものは存在していない。当たり前のように会話をしているがそれもどうやっているのかと言われれば説明ができないものであった。そんなあたしの反応にイーサンは仰々しく手を空へと掲げた。




「先代の魔王様は我々の反応からそのことに気づき、どうにか我々と会話ができないかと考えたのです!そうしてたどり着いた答えがあります。それが…」




「それが?」




「我々の『存在進化』です」




元々知識のないあたしではあったが、イーサンからの口から飛び出た言葉はよりあたしの考えを混乱させた。




「なんだい?『存在進化』って」




そうあたしが聞くとイーサンはまるで耳打ちするように顔に手を当て「そうです」と呟いた。




「我々魔族は上位進化をすることがあります。そしてその進化をする際には体の組織変更、さらには姿の変更があるのはなんとなくご存じですよね?」




カイトや今日連れてきたウンディーネがいい例だがたしかに進化をすると身体へ変化が起こる。ウンディーネであれば体の巨大化、さらには体表の色の変化。カイトは体の変化だけではあるが強さが他のケルピーとはけた違いに強くなる。まさに別の種族のようになるのだ。




「変わるのは知っているけど、進化して変わったところで会話はできないじゃないが」




「そうです、会話はできません。ですが、もし会話ができるように波を発信、受信できるように進化する方法があれば?」




「そんなもの…」




あるわけがない。そういおうと思ったがイーサンはまるでその方法があると言わんばかりに人差し指を立ててきた。




「通常の進化ではだめです。なので通常から大きく外れた『存在進化』をさせる必要があるんです。まぁ、実際正式名称はないのですが呼びやすいので『存在進化』と呼ばせていただきます。『通常の進化より大きく外れた存在を変えるような進化』の事を言うのですが、例えるならカイトさんがアリスさんの種族のようにように、アリスさんがカイトさんの種族に変化することを言います」




「…つまりはあたしがこの男のように人間のような見た目になるってことかい?」




「その通りです。私やカイトさん、アリさんたちも同じように我が主のような見た目、近い種族に進化するのです」




「そんな絵空事叶うわけがないだろう。あたしたちは違う種族。違う生き物だからこそ壁ができて種族が分けられ、独自の発展をしてきたんだ。自分たちの種族だけで繁栄をして生き残ってきたんだ。そんなこと叶うわけが…」




「希望はあります」




あたしがイーサンの、先代魔王の考えを否定しようとした時に、イーサンは言い切った。




「その魔法は完成しませんでした。ですが理論はできています」




「理論はできてるって、そんな研究結果がどこにあるんだい?それともまた一からここで開発しろと?その頃には状況が変わっているかもしれないのにまだ時間をかけろと?」




あたしは苛立ちを交えた言葉をイーサンへぶつける。しかしイーサンはあたしへと真っ直ぐ顔を向けていた。




正直あたしが何にイライラしているのかは分からないが、それでもイーサンの言葉を聞くとなぜかイライラした。イーサンの見せる希望になのか、それとも途方もない計画についてイライラしているのだろうかはわからない。




ただ、イライラしたのだ。




「理論はあります。どこにあるかも目星はついています」




しかしそんなあたしの斜め上の回答をして見せた。




「…リーシュ様。いえ、先代魔王様の研究施設があった場所を覚えています。そこには恐らくその理論について書かれたレポートがあるはずです」




「れぽーと?それがなんだかわからないが、魔王領があったのは何千年も前だし、研究施設なんか残っているわけないだろう」




「重要施設であった研究施設、図書館には先代魔王様が亡くなる前に封印術式をかけられました。先代様ほどの方がかけられた封印魔術です。恐らくはいまだに残っているはずです」




そう言い切るイーサン。だが多少の不安はあるのか少しうつ向きがちであった。




「もしあの研究が残っているのであればあの時、最後に私がした公開はもう起こらないはずなのです。それに私はあのような後悔はしたくないですし、あの研究を完成させたいのです」




あたしは言葉に詰まり黙り込む。




もしその期待が叶わなかった時に傷つくのはあたしだけではなく、イーサンを含め他のメンバーも落ち込むだろう。




しかし、それ以上の魅力もあった。




こうしてこの男の左腕に付いてそんなに時間はたってはいない。だが、あたしはこの男と言葉を交わしてみたいと感じている。




この男の間抜けさに笑って、そんなあたしを見て言葉をかける男の姿。




なんでこんなことに。なんて今の状況を知って頭を悩ませるこの男にあたしが声ををかけ悩みを聞いてやる。




美味しい料理を一緒に食べて感想を言い合う。




寝て起きた時に挨拶をする。




そんな未来を歩んでみたいと思ったのだ。




「…はぁ、仕方ない。とりあえず明日案内しな」




「協力していただけるのですか!?」




「ばか、あたしはこの男についていくぐらいしかできないよ。だからあんたが誘導しな」




あたしの言葉にイーサンは頭を傾げた。




「封印されたところには図書館もあるんだろ?だったらこの男に魔法でも教えるだなんて言って連れていけばいいのさ」




「教えるって、そんな言葉が通じないのにどうやって」




「あぁ、それはな…」




そうしてあたしはある作戦をイーサンに伝えた。あたしのなんとも間抜けで簡単な作戦にイーサンは「へ?」と声を漏らした。




「そ、そんな方法でいけますかね?」




「このバカ相手ならいけるね。そんなに物事を考えてる男じゃないし」




「ですが…


「あー、もう大丈夫だって。ほら、メンバーを集めな」




そうしてイーサンはメンバーを集めるために傍を離れ、役者をそろえに行った。壇上を降りて人混みをかき分けていくイーサンをあたしは眺めた後、空へ浮かぶ二つの月を眺めた。




このバカ男ともしかしたら話すことができるかもしれない。そう考えると少しわくわくする自分がいて、ふっと笑う。




きっとあたしもこの男と話したいのかもしれない。

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