第11話 魔法。ファンタジー。それは夢。

オメガとアルファへの説教を終えるころ、辺りはすっかり暗くなっていた。これも新しい仲間を傷つけたこの二人が悪い。俺はやるべきことをやったと自分を納得させる。




俺が説教をしている間リャンや除荷のゴーレム達は妖精さんと楽しそうに追いかけっこをしていた。長くなってしまったのもあったがそれでも仲良くなりすぎな気がする。というか俺も混ぜてほしい、そのほのぼのした空間いいな。




手招きをしてみんなを呼ぶと全員駆け足で俺へ寄ってくる姿は休みの日に公園でよく見た親子みたいで少し胸の中がじんわりとした。だけど大きなクラゲを見るとその気持ちは一瞬で無くなった。まだちょっと見慣れないな。




そうしてカイトにまたがり町へと向かったが月明かりだけが照らしている道はなんだか不気味だった。町と湖はそれほど遠いわけでもないのになんだか遠くに感じる。




「うーん、昨日は早くに寝ちゃったしあんまり気にしなかったけどさすがに暗いな」




田舎のじいちゃんの家へ遊びに行った時も同じように街灯がなく、月明かりだけに照らされていたことを思い出す。だが田舎ならではである何の虫か分からない虫の鳴き声が怖さをかき消してくれていたのだと今になって知った。




田植えが終わった直後の水が張った田んぼには月が反射して絵画みたいで綺麗だったなんて考えていると遠くがほんのり明るいことに気づいた。




「なんだろ、なにかあったのか?」




本来灯りは気持ちを落ち着けたりする効果があるが、ここは何もない森の中だ。そんなところに明かりがあれば不安にもなる。




ましてやどんな生き物がいるか全容が分からないためその不安を大きくした。




もしかしたら人間が街を見つけて町にいるアリスやイーサンたちを攻撃したのか、そんな不安まで襲ってきた。




カイトに急いで向かうように指示を出し、スピードを上げるカイトに落とされないように首へと捕まる。




しかしそんな俺の気持ちは空回りした。




灯りの正体は町にともされた灯りであった。




家の中やいつの間にか整備された道に建てられている街灯からの明かりで、日が沈みかけのようなぼんやりとした灯りではあるがそれは町を明るく照らしていた。




「は?なんで?」




道のわきに建てられている街灯を見ると、小さなランタンのようなものを付けてあり、その中には少し大きめの炎がゆらゆらと漂っていた。




「え、誰が火をおこしたんだ?というかどうやって?」




少なくともライターやマッチといった便利なアイテムがあるようにも思えないし、どこかに種火がある様にも思えない。




「またゴーレム達がやってくれたのか?」と考えていると一軒の家の中から火のついていないろうそくの入ったランタンを持った猫が出てきた。着物を着て綺麗な身なりをして居る三毛猫のであり、温泉街の旅行客みたいな見た目をしている。恐らくは今日名前を付けたたまだろう。




するとたまは火のついていないランタンを自分の目の高さまで持ってくると胸の前に丸めた手を持ってくると三秒ほど目を閉じ「にゃん!」という掛け声とともに目を開けた。




するとそれまで何の明るさを宿していなかったろうそくへとに火がともり、ポチの周りを明るく照らした。




「なんだそれ!?」




素直にそんな声が俺の口から飛び出た。




俺の声に驚いたのかたまは「にゃああああ!」と叫んでその場に跳びあがった。そうして着地をすると辺りをきょろきょろと見まわし俺とカイトの姿を見つけるとホッと胸をなでおろすしぐさをすると、ランタンを片手に俺へとお辞儀をしてきた。




俺もお辞儀を返してたまの近くへ寄るとカイトから降りてたまの持つランタンへと目を落とす。近くで見るがやはりろうそくには優しい光を放つ火がともっていた。




俺がたまに「どうやって火をつけたの?」と聞くとたまは首を傾げ俺の顔を見つめて目をぱちくりと動かした。なんだろうこの「何言ってんだこいつ?」みたいな顔は。俺が変なのか?




そう思っていると他の家からも犬や猫たちがランタンを片手に出てくるとたまと同じような動作をとるとろうそくに火をともしだした。




「え、魔法なのか?」




俺が視線を戻すとたまは「はぁ?そうですけど?」と言わんばかりにおずおずと頷いた。




そうだ、忘れていたがこの世界は結構ファンタジーであった。




冷静に考えたらこんな速さで町が完成するなどいくら疲れず睡眠を必要としていないイーサンたちでも無理な速さだ。何かしらのファンタジーのような事情がなければ無理なんだ。




俺はたまに並んで町の中心へと歩いていくと同じようにゴブリンやオーク、ミノタウロス達も出てきてランタンに火をともしていた。どうやらごく当たり前の光景らしく、カイトも驚いていなかった。




遅れて俺へと合流してきたオメガやリャン達も特に驚いた表情も見せずその光景を受け入れていた。俺は思わず巨大クラゲに「お前もあれできる?」と聞くと巨大クラゲは触手の先に小さな灯をともした。その後ろにいる大きめのクラゲたちも同じように火をつけ「どうだ!」と見せてきた。ゴーレム達やカイト達も火をともすことができたが妖精さんだけは火を出せないようで首を振っていた。




俺は無言で手を伸ばして妖精さんと握手をした。仲間を見つけて嬉しくなったからだ。




しかしそんなファンタジー要素に驚いていて気が付かなかったが周りを見渡すとみんな俺と同じように町の中心へと歩いていた。




まるで何かの参拝へ向かう集団のようにみんなランタンを片手に老若男女関係なく歩いていた。




リャンを見て「なにかあるのか?」と聞いたがリャンもただ首をかしげるだけで知らないようだった。




集団の流れに身を任せ歩いていると町の中心辺りには大きな広場ができており、そこに沢山の住民達が集まっていた。列の中から中心へと視線を伸ばし確認しようとするが人混みがひどく確認ができない。




すると列が前の方からどんどんと開けて行っているのが分かった。俺も流れに合わせて道を開けようとするとリャンとサンに肩を掴まれ動きを止められた。何が起こっているか分からず二人の顔を交互に見ていたがそのまま待機していると空いた道の真ん中をアリスが走って来ていた。




「バウッ!」




そう大きく吠えるとアリスは俺へとダイブしてきたため、俺は押し倒された。俺を押し倒したままアリスは俺の顔をべろべろとなめてきて、顔がどんどん濡れていった。




俺も俺で「やめろよー」なんて言いながら嬉しくてアリスの事をわしゃわしゃと撫で返したのだがそこでふと気が付いた。




「あれ?アリスなんだか毛がサラサラになってない?それにいい匂いがする」




「バウッ」




今朝見た時はまだボサボサで毛玉だらけの触り心地の悪い毛並みだったのが、今はサラサラでモフモフの極上の触り心地になっている。白かった毛並みも綺麗になったおかげか白銀に輝いて見えた。




アリスも「どうだ!」と言わんばかりに尻尾を振りながらお座りをして俺へと見せてくる。女の子だし綺麗になった自分を見てもらいたいのだろう。俺はアリスに「綺麗だよ」というとより尻尾をぶんぶんと振り回し始め少し風が起き始めた。




慌ててアリスをたしなめ落ち着かせたがそれでも俺と同じぐらいの目線でにこにこと笑いながらじっと俺を見てくる。犬カフェにいた遊ぶの大好きハスキー君も同じように俺の事を見てくれたなー。




アリスの頭を軽く撫でると目の前の道を見る。まだ開けたままであり、その奥にはイーサンがどこで作ったのかと思うような豪華な壇上の上で赤い布をたなびかせながら手を後ろに組んで佇んでいた。




「な、なんだ?」




すこし仰々しい光景に俺がたじろぐと背中をアリスとカイトが鼻でグイっと押してきた。背中を押されながら開けた道を歩いていくと町に住み始めた皆が俺の事を見ながら手を叩いてきた。何かのパレードなのかと思うような光景に俺はより緊張をして足取りが重くなったが、カイトとアリスによって足が止まることはなかった。




そうして壇上の上にまで追いやられるように昇っていくとイーサンに反対を向くように指示された。恐る恐る振り返ると百人以上の住人の目線が俺に突き刺さるように向いていた。




「ひっ!」




その光景に少し怖くなり悲鳴を上げたがそんな俺など関係なしにイーサンは手を二回たたいた。するとゴーレム達が壇上の後ろから現れると大きな木でできたジョッキをを両手に持って行進し始めた。和風な街並みなのに西洋のような行動のアンバランスさに俺は「ははっ」と乾いた笑いを漏らしたが、ゴーレム達はどんどんと行進をしてジョッキを住民に渡していった。




小さな子供には木でできた小さなコップを渡しており、細かな配慮ができていた。




そうしてイーサンが俺へジョッキを差し出してきたのだがこれがドン引きするようなすごい物だった。住民には木でできた大きなジョッキを渡してきたのだが俺のジョッキはガラスでできていた。さらにはそのガラスを覆うように金色の細工がグラスを覆っており、なんとも高級感あふれる物だった。そのジョッキの中をぶどうジュースのような色をした紫色の飲み物が入っていた。




細工を見てみると小さなウサギや猫、鳥にライオン、狼や鷲といった動物の顔が大きな木の装飾の枝部分から出ているようなデザインだ。樹形図のようである。




しかしそんな俺でも馴染みのある動物たちの顔ぶれの中、木の頂点には立派な角の生えたドラゴンの顔がデザインされていた。ファンタジー感を忘れないなこの世界は。というかドラゴンがいるのか。




流石の俺でもコモドドラゴンを見たことはあってもドラゴンは見たことが無い。この世界にもしドラゴンがいるのならば是非とも会って触ってみたい。爬虫類と同じようにザラザラとした触感の皮膚なのだろうか。体温は低いのだろうか。




俺がそんなことを考えていると肩をポンポンと叩かれ目線をジョッキから叩かれた方向を見るとイーサンが「どうぞどうぞ」といった感じで手を前に出していた。




前を見るとみんながグラスをもって俺を見ており、先ほどと同じように俺は「ひっ!」と小さく声が漏れた。




思わず振り返ったが俺の後ろにはイーサンがおり、その後ろにはリャン、サン、スー。その後ろにはオメガとアルファたちゴーレムが何体か。




左右も見たが右にアリス、左にはカイトがおり、二人とも俺の顔を笑うかのように見ていた。逃げようにもこれじゃあ逃げられない。




思わず左腕のスラ君を見たが「頑張れ!」と言わんばかりに触手を掲げていた。




「あぁ、こんな事なら魔法で空を飛べるようにしとけばよかった…」




しかしそんな悲しい願いなど届くはずもなく、俺は「はぁ」と息を吐くと意を決して前をぐっと見つめると一歩前へと出た。




俺の一挙一同を三百近い目玉が見つめてくる。俺はぶるぶると緊張で手が震えながら遠くを見つめた。




「…ん?」




そこで俺は冷静になった。俺はなぜこんな所に立たされているのだろう。よくわからない内に立たされ前に出されたが、冷静に考えたら俺はここで何をしたらいいんだ?




なにか話そうにも特に話すこともないし、俺は何もしていない。というか別に俺は偉くないし、こんな所で挨拶するような立場じゃない。




どんどんと血の気が引いていき辺りを見渡す。しかし全員の期待するような目が俺の心を抉っていく。




会社の飲み会での無茶ぶりでさえここまで注目をされたことのない俺はだんだんと冷や汗をかいていき口からは「えっと、あの、その」としどろもどろの言葉しか出なくなっていた。




(やばい、このままだとグダグダになってしまう!)




どんどんと速く脈打ち、飛び出るのではないかと思うほど心臓が動く。胃酸がこみあげてきてなんだか気持ち悪くなってきた。




(いや、いい、何か言えば解放されるんだ!ならばここで勇気を出して何か言えばいいんだ!)




俺は生唾を飲み込み、大きく息を吐くと今度は逆に吸い込んだ。




そうして俺は腹から声を出した。




「乾杯!!!!!!!」




『………』




「………」




流れる風の音が大きく聞こえた気がする。




あぁ、思いっきり滑った。




しかし俺はもう引けなかった。




「乾杯!!!!!!!!!!!!!!!」




先ほどよりも大きな声で言った。というか叫んだ。




しかし今度は三秒ほどして『うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!』と大絶叫がこだました。




「ひっ!」




あまりの声の大きさに俺は思わず身がすくんでしまった。だがその雄たけびの後住民たちはジョッキをぶつけ合いそのまま中の液体を飲み始めていた。




俺も体を縮ませ驚いていたがイーサンやゴーレム達がからのジョッキで乾杯をしてきたことによりようやく落ち着きを取り戻した。




カイトやアリスも鼻先でチョンっと触ると皿へ盛られた肉や果物を食べていた。




叫んだことによりさっきまでの緊張や不安が吹き飛び、俺も少し気分が高揚してしまっていることに気づいた。




俺はジョッキの中の飲み物を一気にあおった。そうして俺は緊張によってカラカラだった喉をわずかに感じる酸味とブドウの深い香りと甘みの感じる液体を飲み干した。




「ってこれワインやないかい!」




思わず突っ込んでしまった。なぜワインがあるのだろう。しかもうまい。




辺りを見渡すとゴーレム達が今朝見せてきた大きな樽をいくつも持ってきていて、住民たちはその中からワインをジョッキへすくうと飲んでいた。




「えぇ、製造工程とか全部無視なんだ…」




少し呆れるが、これもこの世界のファンタジーである魔法の力なのだと思うと納得がいく。




「あぁ、俺も魔法を覚えたいな…」




後でこっそりイーサンにでも教わって俺もこのファンタジー世界をファンタジーに生きようかな。そんな風にも思ったがイーサンに俺の言葉は通じてもイーサンの言葉が通じないことに気が付いた。




そうして俺の魔法への夢は一歩遠のいた。

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