第9話 ウンディーネとの出会い。そして交渉。
「いやっほー!」
「いけいけー!」
そんな声が森の中をこだまする。声の正体はカイトにまたがる俺、オメガとアルファだった。
今俺たちはご主人が他の生物を見たいという要望を叶えるため森へ駆け出したのだが、なんとカイト様まで動いてくれたのだ。
「すごいですよカイト様!速いです!」
「カイト様すごーい!」
「こら暴れるではない。なに、これも主に褒めていただくためだ!」
カイト様のスピードはまさに風のごとく早く、まるで木々が避けているのではないかというような光景が目の前ではくり広げられている。実際はカイト様が避けて走っているのだろうがほとんど揺れも感じずとても快適な旅だ。
「しかしイーサンのやつ可哀そうだったよな!ご主人のために自ら作った家に住んでもらえないどころか、俺たちの折檻用に作った適当な小屋を気に入られるんだから!」
「あれ面白かったよな!挙句の果てにご主人の世話係からオークたちの世話係を任されるし!」
自信満々に案内したのに来賓用で使うなんて言われ、担当を外されたせいで最後に見た時は地面に伏せて動いていなかった。よほどショックだったのだろう。
しかしずっと陰から見ていたリャンに関しては小さくガッツポーズしていたので恐らく次のお世話係のポジションを自分のものにしたと考えたのだろう。
だが甘い、ご主人の要望をだれよりも早く聞きつけ叶えようおとする俺がこの後のお世話係決定だろう。…オークの際には少し怒られたがその後無事名づけしてもらえたし、あれは恥ずかしさを隠すためだったのだろう。
「ところでアルファ、お前はどの部族狙ってるんだ?」
「んー、僕はドライアドあたりにしようかな!農作物の発展につながるしそっちは?」
「俺はウンディーネかなぁ。保存室に使う氷が欲しいし!」
「ほう、二人とも魔物に詳しいのだな」
「そりゃあそうさ!俺とアルファは元々魔物管理部署の作業用ゴーレムだったからね!」
「ほう…」
実際管理していたのは魔族の幹部だったが、そこにある膨大なデータや書類をまとめていたのが俺達だった。しかしそんな幹部も戦争に駆り出されると冒険者に倒され帰っては来なかった。
仕方なく後継の魔族が人についたが国の機密情報をもって他の魔族と別の領土へ逃げて行ってしまった。おかげで国の情勢はガタガタになり、俺たちは仕える主がいなくなったせいで仕事と魔力がなくなりそのまま動けなくなってしまった。
だがまだオークやミノタウロスがかつての情報通り住んでいるとわかったことで今回目当てのウンディーネやドライアドもいるだろうと考えたのだ。
かつての魔族領でも彼らは働いていたし、何とか説得すればきっとかつてのように手を貸してくれるだろう。
「しかし、今回主が我を護衛につけるということは一筋縄ではいかないのだろうな」
「え、そうかな?当時から彼らは協力的だったよ?」
「当時はな。だがあれからどれだけの時間が流れていると思う?当時魔王様に仕えていた我の祖先だってもう何代も前だ。長生きな我らですら生きて魔王様を見たことのあるものなど生きてはおらん」
ケルピーの寿命は確か二千年ぐらいだったと思う。それが何代も前ということは果てしない年月が経っているのだろう。
「時が過ぎれば生き物はみんな変わるものだ。何かしら起こると考えるのが自然だろう。我が主もきっと何かを感じ取ったに違いない」
「そっか…」
自分たちが眠っていた時間というのは途方もない時間だったのだと改めて認識した。眠りにつく際にはまだ魔王城が天高くそびえたっており、今開拓している地にも街の跡が残っていた。その事から時間の経過を感じていたがそんなに経っていたのだな。
考えてみればオークもミノタウロスもあまり協力的ではなかった。そのため牙と角をへし折り食料として提出したのだが、そのように変わっているのが当たり前なのだな。
「む?見えてきたぞ。あそこがウンディーネの住処だな」
「お、着いた?」
当時の事を思い出してセンチな気持ちになっていたがその間にウンディーネの里へ着いた。
彼らは清らかな水を好み、水辺を住みかとして生息する。見た目は半透明の体で海に生息しているクラゲのようではあるが、彼らは水の中には住まない。自然の魔力を使い宙に浮いて生活をするのだ。
食事は他の動物や植物などを好み、氷魔法などを使って狩りをする。触手部分には痺れる毒を持っており、なかなかに強い種族だ。
一匹のウンディーネの近くへ着くとカイト様は声をかけた。
「我はケルピーのカイトと申す。族長殿はおられるか」
「…少し待て」
ウンディーネは少し不穏な空気を放ちながら池の近くへと向かった。
「ふむ、あまり歓迎はされておらんな」
「え、そうなの?」
アルファはキョトンとした顔で質問をしてきた。
「アルファ、こっちは種族を伝えているのに向こうはそれに対して返事を返してこない。つまりは警戒してるってことだよ」
「へー」
唐突な訪問でもあるため警戒するのは当たり前だろうが、それでも雰囲気が悪い。周りに漂っているウンディーネ達も徐々に俺達へ近づきながら品定めでもするように眺めている。なんとも居心地が悪い。
そんな針の筵状態で視線に耐えているとひときわ大きなウンディーネが現れた。他のウンディーネは半透明なのに対してこちらは少し赤みを帯びている。恐らくは上位種だろう。
「我はケルピーのカイトだ。そなたがウンディーネの代表殿か?」
「…そうだ。私がウンディーネの長だ。名はない」
「そうか、ならば好都合だ。率直に言おう、我が主の傘下に入れ」
好都合というのはこのウンディーネはまだどこの支配下にも属していないとわかったからだ。
なぜそんなことが分かったかというとこの個体には名前がなかったからだ。同じ種族間で名づけというのは行われないが、他の種族が上についた場合名づけをされその存在を支配されるのだ。
つまりは支配された証として名はその体に、魂に刻まれるのだ。
しかし主として認めた者には自ら名付けをねだるものもいる。俺もその一人だ。主の傍にいたいという忠誠の証のようで名づけをいいものと考える事もある。
この命を生涯かけてあなたに捧げる。そんな意味合いもあるのだ。
しかしご主人は自分の周りにいるものにしか名づけを行わず、さらには虐げたりはしない。個人として認識をしたくて名付けているように見える。
「…ふっ、傘下に入れときたか」
「あぁそうだ。我が主様はかつての盟約を果たすのに相応しいお方だ」
「…盟約?魔族領復活の盟約の事か?」
「あぁそうだ。この我が認めるほどに素晴らしいお方だ」
盟約。そう聞こえたが我々ゴーレムは知らない話だ。恐らく散り散りになった者たちが結んだものなのだろう。
しかしウンディーネは体を震わせると大きな声で笑い始めた。
「あんな錆びれた盟約など誰が守るものか!今や我らウンディーネこそ魔族を束ねる『魔王』にふさわしい!」
「なんだと貴様…」
カイト様はその言葉に目を細める。当然である。かつての約束を反故され、さらにはこちらの主よりも自分の方がふさわしいと言ったのだ。それは自分たちの方が上だと言っているようなものだ。
「…ケルピー一族も落ちたものよ。かつては呪われたあの忌々しいスライムに肩を並べるとまで言われた一族が下についたという。いったいどんな種族なのだ?」
「人間だ」
カイト様がそういうとウンディーネは震わせていた体を止めた。そうして威圧するかのように「なんだと?」とこちらに殺気を飛ばしてきた。
明らかに不機嫌になっているウンディーネに対してカイト様は「人間に仕えている」と言い切った。
「…貴様、我らがなぜこのような暗い森の中に住むことになったのか忘れたのか?人間のせいだぞ?かつて人間との争いに負けたせいで我らは人間におびえこのような場所で暮らす他なくなったのだぞ!その人間に仕えたというのか!」
大気を震わせ言葉を発するウンディーネ。いつの間にか俺たちの周りにはウンディーネが取り囲み攻撃しようと身構えていた。
するとウンディーネの長が触覚をあげその攻撃を制止した。
まるでゴミでも見るかのように俺達を睨んだ後に「はぁ」と息を吐く。
「…もうよい、今まで貴様を評価してきた私が情けなくなった。とっとと去れ」
「その評価は間違っておらぬし、手ぶらで帰るわけにもいかんのでな。良い返事をもらうぞ」
ウンディーネの長は俺達に対する興味を完全に失っていたようでただ触手で去るように指示してくる。完全になめている。
「…お前らの主には自ら来いと伝えろ。まぁ、来たところで食ってやるがな。ほらとっとと帰れ」
嘲る様にそう言ってくるウンディーネ。
「あ、僕もう無理」
そう聞こえた瞬間俺の後ろに乗っていたはずのアルファが目の前でふんぞり返っているウンディーネの巨体を殴り飛ばしていた。
ドゴォン!と轟音を響かせ吹き飛ぶ巨体。その体は水の上を何回も跳ね最終的に奥に生えていた木をなぎ倒し止まった。
「お前ら、僕の主様に攻撃するつもりなの?ねぇ?どうなの?」
「あー、だめだこりゃ」
完全にプッツンとしているアルファを見る。アルファは拳を握り締めながら唖然としているウンディーネ達を見る。
いきなり目の前にいたはずの長が一瞬で吹き飛ばされたのだ。何が起こっているのか分からないのだろう。
しかしアルファはそんなことは関係ないらしい。次々とウンディーネ達を木へとめり込ましていく。
「アルファ、やりすぎるなよ!主に見てもらわないといけないから殺しちゃだめだよ!」
「でも!こいつら主侮辱した!」
「まぁまぁ、主に氷をあげられるようになるんだからあとで躾ければいいだけだろ?」
「この石像風情がぁ!魔王に最も近い我に何をしたぁ!」
そう叫ぶ声が聞こえるとこちらへウンディーネの長がぼろぼろの体で向かってくるのが見えた。
巨大な氷を生み出しアルファへと投げつける。アルファはなんなく氷を砕いたがそれは目くらましのために放たれたものだったらしく、陰から触手を伸ばしてきた。
伸ばした触手でアルファを掴むと先ほどのお返しといわんばかりに木へと叩きつけた。しかしアルファはケロッとした表情で木へと着地していた。
「ったく、油断しすぎだよ」
仕方なく俺はカイト様の背から飛び立つとウンディーネの頭の上へ移動しその頭を蹴り落した。
言葉を発することなく地面にめり込むウンディーネの長。手加減しているので恐らくは死んではいないだろう。
「ほら、こうやって躾けるのが大事なんだよ。生意気な奴はガツンと一発!ってのは確かに合っているけど、ちゃんと気絶させないとこうやって反撃されるだろ?」
「油断はしてない。ただ避けるほどでもないと思っただけ」
相変わらず負け惜しみをしてくるアルファ。昔からこいつはすぐプッツンと切れるがその後が甘く、反撃を食らったりすることが多い。俺はそんなアルファをいつもフォローしていた。
ウンディーネの状態を確認すると息はしているし、どこか触手がもげていることもない。さっき蹴り飛ばしたところが少し凹んでいるがそのうち治るだろう。
「ほら、持ってくぞ!他の吹き飛ばしたウンディーネもしっかり回収しろよ!」
「わかったよ!ほら、意識のあるお前らは歩けよ!」
ウンディーネの体を持ち上げながら引きずって次なる目的地であるドライアドの生息地を目指す。体がプルプルとしていてなんとも持ち上げづらいが気絶させてしまった自分が悪いかと諦めることにした。
「申し訳ございませんカイト様、こちらの勝手で暴れてしまって。お怪我はございませんか?」
「あ、あぁ…」
カイト様は目をぱちくりとさせウンディーネの長を見つめる。あれだけ息巻いていたのに弱かったことに驚いているのだろうか?
「まったく、主様の十分の一でも魔力量を持ってからあのような発言をしていただきたいものです」
「…我もこんな感じだったのかな」
「ん?何かおっしゃいました?」
「いや、何でもない。ドライアドの元へ向かおう」
なんだかカイト様が落ち込んでいる気がするが気のせいだろうか?
幸いにもドライアドの住処はこの近くであるためそこまで時間はかからないだろう。ただ問題としてはこのウンディーネの長をどうするかである。流石にドライアドの住処へ持ち込むわけにもいかないし正直言って持ち運びづらい。
「まぁ、どこかに放置しておけばいいか」
後の事は後で考えよう。今はとりあえず次の目的地に行くことが先決だ。
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「はい、ぜひお願いしたいです!我らを庇護下に入れてください!」
ドライアドとの交渉は驚くほど簡単に済んだ。なんなら守ってほしいとまで要求してきた。
だが理由は一目瞭然であった。彼女たちはとても小さくなってしまっていた。本来は人間の女性のような見た目の彼女たちであるが、今の彼女たちはふわふわと漂う妖精のような姿になっている。
姿が縮んでいるということはそれだけ力が失われている証拠である。
「失礼ですが何があったのです?どうやら力を失っているように見えますが…。それに数も少ないですね」
ドライアドの姿はウンディーネの半分以下である十体ほどしかいなかった。
ウンディーネの数が少ないのは池の大きさが小さかったことが原因と分かるが、木の化身であるドライアドはもっといてもおかしくはないのだ。
「…実はここ二、三年ほど冒険者たちがこの辺りで狩りをすることが多く、同胞たちはかられ、自然も破壊されたことによりこのような状況に…」
「なに?人間がこのあたりに出るのか?」
「何か変なんですかカイト様?」
考える仕草をするカイト様へ聞くとカイト様は「フム」と呟き話を切り出した。
「この辺りは魔物の強さもそうだが、スライムが住んでいることで有名なのだ。あまり人間は立ち入らないはずなのだがな…」
「そうなんです。しかも夜にばかり表れなにか集まって話をすると魔物を狩り帰っていくのです」
「フム、何やら怪しい話だな。他の種族はどうしている?」
「知性がある魔族は森の奥へ逃げていきました。ケットシーやコボルト、ゴブリンといった種族ですが」
「わかった。見つけ次第保護しよう」
カイト様とドライアドの話し合いはスムーズに終わり、ドライアドたちはカイトさんの背につかまるとそのままついてきた。
「あ、僕らはウンディーネさんたちを拾ってからついていきますね!」
「あぁ、なら少しゆっくり向かうから追いつくのだぞ」
「はーい!」
アルファの元気な返事を聞き走り去っていくカイト様。その走り去る姿は何とも格好良かった。
「じゃあ俺達も急ぐか」
「はーい!」
こうして俺とアルファは帰路へと着いたのだった。
ただ帰りに長が目覚め、もう一度気絶させるのに少し時間がかかってしまった。しかしカイト様たちは途中で待ってくれており、無事に三人合流をして問題なく帰る事ができた。
「主喜ぶかなー?」
「ねー!喜ぶかなぁ!」
帰ったら思いっきり褒めてもらおう。十分に成果は出したはずだ。
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