第3話 一族の敗北。
アリスを仲間に引き入れてからひたすら森の中を歩き続けた。月明かりに照らされていただけの森の中には少しずつ明るさが取り戻されていっていた。
水辺を探して歩いているのだが水どころか他の生き物の気配すら感じず、何となく不安が押し寄せてきた。幸い喉も乾いてはいないが何かしら安心できる要素が欲しい。
「はぁ。なぁアリス、水ってどこにあるんだろう。このままじゃひたすら歩き続けることになるよー」
ついに我慢の限界が着て左側を歩いていたアリスの首を撫でながらそう話しかけてみた。アリスは「わふ?」と泣いて返事をした後俺の顔を横目で見るとぷいっと目をそらしてしまった。
触り心地のいい毛皮を撫でながら幸せを感じていると腕からスラ君がツーっと下ってきた。前腕あたりに止まり俺の顔を見ている気がした。
「お、なんだスラ君?僕も撫でてーってか?」
動物好きというのは勝手に生き物の言葉を代弁してしまうものだ。その言葉が本当かどうか関係なく、自分にとって都合のいいものとしてまげて解釈させられたものは非常に多いが今回は合っているだろう。
スラ君のツルっとしながらもプルプルとした触感は毛皮にはない触り心地の良さがあった。スラ君も心地がいいのかプルプルと震えている。
そういえばスラ君に一つ発見があった。スラ君が体を這ってもその場所はぬれず、なんなら汚れが落ちるのだ。どうして濡れないのかに関しては全く予想がつかない。だが砂ぼこりや服に跳んだ泥を食べてくれるのにはなんとなく心当たりがあった。
恐らくスラ君は汚れを食べていてくれるのだと思う。よく海に住む寄生虫なんかは同じように体の汚れや口に残っている食べかすなんかを綺麗にしてくれたりするが恐らくそういった類の行動だと思う。
ただ寄生虫なんて表現をしたがスラ君はかわいげがあるから似ても似つかないが。
そんなことを考えているとピチャン!と水の音が聞こえた気がした。
俺は顔を上げ辺りを見回す。視界に映る限り水のような物体は捉えられず遠くの方まで意識を伸ばす。するとしばらくしてもう一度ピチャンと音がした。
「わかったぞアリス!あっちだ!」
音のした方向へ駆け出す。ようやく待ちわびた水と会えると思うと少しだけテンションが上がった。
「だけどもしかしたらまたスラ君みたいにスライムがいるなんてオチの可能性もあるのかな?」
スラ君の友達が増えるのはいいがそれだと少しがっかりしてしまうなぁというのが正直な本音だ。それだけは避けたい。
それに現在俺の左腕に装備されているスラ君が右腕にも装備されると考えると、なんとなく自分の姿が溺れないように子供が腕に着ける浮き輪を装着した変なおじさんみたいに見えてしまうのではないかと心配になる。
しかしそんな心配は無用だったようだ。
日差しが森に差し込み始めると何かに反射して辺りをキラキラと輝かせている場所があった。それなりの範囲で光っているため俺の考えているものであっているだろう。
そして近づきようやくその姿を目でとらえることができた。キラキラと光りを反射させ水面は小さく揺れていた。
そう、待望の水である。
水辺に近づきその大きさを確認するが川とか池ではなく大きな湖だった。それまではどこを見ても木が生い茂った森だったが、見渡す限り水の広がる大きな湖だ。
以前旅行で遊びに行った諏訪湖ぐらいの大きさだろうか。対岸までは一応見えるが遠く離れていてよく見えない。
しゃがみこんでその湖の水に触れてみるとひんやりと冷たく、手にすくってみると水は澄んでいて綺麗だった。
あまり良いことではないとわかっているが恐る恐る口につけてみる冷たくおいしい水だった。
「あぁ、染みるなぁ。まさか水でここまで感動できる日が来るなんてな」
普段は蛇口をひねっていつでも水が飲めるような環境だったため忘れていたが、水というのは生物には欠かせない重要なものである。
アリスも顔を水に近づけてぺろぺろと水を飲む。流石にこれだけ歩けば疲れたのだろうな。
しかし、しばらくすると遠くの方から何かが湖の上を駆けて近づいてくるのが見えた。
「は?湖の上を走ってる?」
少なくとも水の上を走れる生物は俺が見てきた生き物にはいなかった。だが俺は湖の上を走っている生き物になんとなく心当たりがあった。正確に言うと走り方で分かったのだが恐らくは馬だ。
「湖の上を走る馬だなんてファンタジーだな」
馬と触れ合ったこともあるが新たな生き物に出会うと思うとテンションが上がるものだ。どんな見た目なのかとても気になる。
しかし近づくにつれ湖の中から一頭、また一頭と姿を現し始めた。
「な、なんか数が多くないか?」
一頭だけならそこまで恐怖を感じなかったが数がそろうと威圧感がある。俺の近くに到着する頃にはすでに十五頭ほどの大群となっていた。
馬の見た目は透き通るような白い白馬だが、鬣は水色で俺が知っている馬とは大きく違っていてこの世界特有の生き物なのだと一目でわかる。近くで見ると絵画のようで美しい。
「うわぁ、圧巻だな!こんな群れになってる姿は初めて見た!」
競馬場などであればこれだけの数がそろうことはあっても、今目の前にいるのは野生の馬の大群だ。壮観でとてもかっこいい。
「ぶるるっ」
「グルル……」
「………」
馬とアリスとスライムがなんとなく睨み合いをしている気がする。アリスに関しては思いっきり威嚇してるし。
俺はアリスの背中を撫でて「やめな」と止める。アリスは俺の顔を見て唸るのをやめるが、それでも目線は再び馬へと戻された。
「これって近づいたら危ないかな?確か声をかけながら体を触るとか言われた記憶があるけど…」
俺は「よーしよし」なんてまぬけな言葉をつぶやきながら馬の首へと手を伸ばすすると馬は顔の向きを変えて俺の腕を噛んできた。
「うぉぉぉおお!?」
不意に噛まれて間抜けな声を出してしまった。だがそんなに強くかんでおらず、何回かハムハムとやられてなんとなく気持ちがいい。
じゃれてきていると思い少し顔がにやけてしまうがすぐに咳払いをして真顔に戻る。
そして噛まれている反対の手で顔に手を当て撫でると「こら、噛んだらダメだろ?」と馬に注意した。
流石に噛んでくるのは生物皆まずいだろう。小さい子供だったら怪我するかもだし。
(あぁ、でもそもそも野生動物に不用意に触る方がだめなのか?)
勝手にアリスとか名前を付けているし少しまずいかなとか考えていると馬が口を離ししゃがみこんでしまった。
なんとなく昔見た動物に乗り込むシーンみたいだなぁなんて感じるているとなんとなくその背中に乗りたくなってきた。
(少しだけだし、乗馬経験あるしいいよね?少しだけだしね?)
俺は馬の横に立つと「暴れるなよ?」と馬に言うとまたがった。すると馬はおとなしく立ち上がった。
「おお!すごいすごい!」
目線は大きく上がり身長が高くなったように錯覚する。乗馬するたびにこの高さには感動する。
よく見ると他の馬たちもこちらへ注目しており、なんだかむず痒い感覚だ。
「よし、向こうに向かってくれ!」
冗談でそんなことをいうと馬は本当に体を翻しそちらへ駆け出した。
「うぉぉぉおおお!?早いって!」
俺は馬の背中の肉を掴んで振り落とされないようするのが精いっぱいでなんとも情けない悲鳴をまき散らした。
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誰かが私の領域に侵入してきた。
そう分かった時にはすでに駆け出していた。自分の大切な領域を汚そうとするものであれば排除しなければならないからだ。
それがケルピーとして生まれこの湖を守護してきた長としての使命だ。
湖面を走りながら同族たちを起こす。すると水の中で眠っていた同族たちは次々に湖面へと飛び出して隊列を組む。
敵を見ると湖畔に人間とフェンリルがいるのが見えた。しかしもう一つ邪悪な気配が人間にまとわりついているのを感じ、もう一度人間を観察する。
すると人間の腕には邪悪な存在がいた。この森の災害であり、生物の頂点。呪われた悲しき魔物だった。
「何用だ。フェンリルのはみ出し者と呪いの子よ。立ち去るならば命はとらぬぞ」
「あぁ?誰がはみ出し者だ、あたしはフェンリルの長だぞ?頭がたけぇんじゃねぇか?」
「ふん、そこのスライムに敵わず逃げ回るだけの矮小な種族がなにをいう。逆にひれ伏して欲しいものだ」
「はぁ、相変わらずケルピーってのはむかつくわね。苔臭いから食べたくなくて放置してあげてるのが分からなかったの?」
「呪われた生物になにを言われても気にならんわ。とっとと失せぬか」
空気が張り詰め、まさに戦闘を開始しいうという時だった。
「やめな」
人間の手がフェンリルへと触れるとフェンリルは動きを止めた。
「あ、主…」
フェンリルは一度人間へと不安そうな顔を向けるともう一度向き直した。
「なんだその人間は?貴様らの餌ではないのか?」
「違う、我らが主だ」
「主だと?」
誇りだけは高い臆病なフェンリルから発せられた言葉に驚いていると人間が動いた。
「これって近づいたら危ないかな?確か声をかけながら体を触るとか言われた記憶があるけど…」
人間は「よーしよし」と謎の呪文を唱えながら手を伸ばし触れようとしてきた。
「なるほど、どうやら我への供物だったようだな。人間風情が頭が高い!」
フェンリルやスライムでもない貧弱な人間へ触れられる、その怒りから思い切り人間へとかみついた。
「うぉぉぉおお!?」
人間が痛みからか声を上げた。そのまま湖の中に引きづりこもうと力を入れえる。
「!?」
しかし人間はびくともしなかった。
それどころか笑っていた。
「な、なんだ、人間のくせに!」
気高く誇り高いケルピーが人間に負けるなどありえない。あってはならない。そう思った時人間は真顔になりこちらへと手を伸ばしてきた。
顔へ触れ数回撫でてきたのち言葉を発した。
「こら、噛んだらダメだろ?」
その瞬間体へと大きな圧がかかった。動けなくなった。
「ぐ、ぐぅ、がっ!」
もはや立つこともできなくなり口を離しその場にしゃがみこんでしまう。
「なんだこの人間は!」
「あたしもわからないよ。なんだろうねこの生物は」
「スライム様が仕えているお方だ」
「な!」
あの食欲しかないスライムが他の生物に仕えるなど聞いたことがない。通り過ぎた後には生物の後は残らないといわれるほど食欲にかられた魔族だというのに!
人間はそのまま横に立つと「暴れるなよ?」といいまたがってきた。
反射的に振り落としたくなったが本能でだめだと察した。もしここで暴れてしまえばこのわけのわからない人間に殺されてしまうと。
この日ケルピー族は人間に敗北した。
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