カノジョが小説書いてる時に背後から覗き込んでタイトルを音読したらメチャクチャボコられた件
kayako
創作とはつまり、G行為だ。
ブラック企業勤めの俺と同僚のチクワは、今日も仲良く深夜残業中。
しかし何故か今日のチクワは、右頬をいつもの2倍に腫らしていた。
「ボク、昨日カノジョと喧嘩しちゃってさ」
「一体何があったんだ」
そして説明を始めるチクワ。
というかコイツ、彼女いたのか。超ブラックなのにいつの間に。
「カノジョ、ネットで小説書いてるんだけど。
いつも一生懸命パソコンに向かって、文章打ってる姿がステキなんだよね。
で、昨日後ろからそっと覗いたら、すっごく面白そうなタイトルだったんだよ」
「で?」
何故か得意げにガッツポーズをとるチクワ。
「思わず大声で思いっきり音読した!
『へぇ~、
”食虫植物令嬢は、眼鏡美少年をメチャメチャにしたくてたまらない!”
ってタイトルなんだ。面白そーじゃん!』
――ってね」
「…………。
で、どうなったんだ」
「鼻血が出るほどぶん殴られて、その後から口きいてくれない」
「なるほど。
別れようとか言われなかっただけ、ありがたいと思うぞ」
「な、なんでさ!?
ボク、カノジョの小説バカにするつもりなんて微塵もなかったのに!!」
いや、ダメだろ。
俺はため息を隠せず、思わずチクワに説教していた。
「いいかチクワ。
お前のやったことは、数多の書き手にとっては恐らく、絶対のタブーだ」
「な、なんでぇー?」
「多分その時カノジョは、まだ作品を書いている途中だったろう?」
「うん。
無我夢中で、夕飯も作らず一心不乱に書いてたよ。
多分あの様子だと朝もお昼も食べてないし、お風呂も二日は入ってなかったんじゃないかなぁ?
でもせめてちゃんと、ボクの夕飯ぐらいは作ってほしいよね」
同棲中かよ。
しかしとりあえず俺は話を続ける。
「創作というのは非常にデリケートなもんだ。
例えばお前、ギター弾いてる最中に邪魔されたらイラつくだろ?」
「ギター弾かないから分かんない!」
「じゃあ、一人カラオケしてる最中に突然店員が入ってきたら、やっぱりイラつくだろ?
たとえやむを得ない事情であっても」
「一人カラオケも分かんないなぁ~
カラオケは大抵、カノジョと一緒に行くから!」
むぅ……
コイツ、意外と厄介なリア充野郎か。
「飯も食わず風呂も入らず没頭する……
それだけ彼女は、その作品に情熱を注いでいるんだろう。
そこを突然邪魔されて、怒らない作者いないだろ」
「邪魔なんかしてないよ~
ただ、面白そうだなと思って読んだだけじゃん!」
「お前にとってはそうでも、彼女にしてみりゃ邪魔だったんじゃないのか」
するとチクワは何を閃いたのか、再びガッツポーズを決めた。
「なるほど!
いいこと考えた! 善は急げだから、今すぐ帰るね!
残りのお仕事ヨロピク~!!」
「あ、オイ!!」
翌朝。
チクワは右頬だけでなく左頬まで2倍に腫らしていた。
「何があった」
「吐血するほど殴られた」
「何をやらかした」
「タイトルを音読したからダメだったんだと思って、内容を音読してみたんだよね」
「駄目だコイツ何も分かってねぇ」
「『あぁ、美少年を捕縛した瞬間のこの感触……たまりません!
優美で清らかな衣装をゆるゆる溶かし、ほんの少しだけ柔肌を晒した刹那に赤らむ表情、ずり落ちる眼鏡! それこそが至高の……』
まで読んだところで裏拳喰らった」
「50文字以上もその拷問耐えられた彼女スゴイな」
最早チクワは涙目で呻くばかり。
「うぅ~、どうしてさ!
カレシのボクがカノジョの小説音読して、何が悪いんだよ~!?」
「だから言ったろ。
それだけ彼女は、作品に心血注いでるんだ」
「分かってるって! だからボク、ちゃんと褒めたんだよ!?
『スッゴイねぇ!
このお話って、キミが自分で考えたの?』って」
「全く創作知らんヤツの典型的ムーブすぎる」
チクワは納得がいかないのか、既に真っ赤に膨れた頬をさらに膨らませる。
「それでもさ、その作品はいずれ誰かに読んでもらう目的で書いてるわけでしょ?
だったらカレシたるボクが読んで、何が恥ずかしいんだよ! おかしいじゃん!!
カレシのボクに読まれたくないものなら、いっそ書くなよ!!
ボクに読ませたくないものを、どーしてネットに載せるんだよ~!?」
さすがに今のは暴言だろう。
そう思った俺は、少し厳しめにチクワを見据えた。
「それは違う。
いいか。彼女が今書いている作品は、未完成だ。
つまり、彼女にしてみれば『まだ他人に読ませられる状態ではない』作品なんだ。当然ネットには載せられないし、他の誰にも読ませたくない。
料理で言うなら、まだ生焼け生煮えの状態。
お前のやってることは、まだルーを溶かしていない上にじゃがいもが煮えていないカレー鍋に、無理矢理手を突っ込んでるようなモンだぞ。
味見をしてくれと頼まれたなら別として、無断でやっちゃダメだろ」
「え? ボクそれ、しょっちゅうやるけど?」
「……彼女、よく今まで付き合えてるな。お前と」
あぁもう、どう説明すればいいんだ。
創作経験皆無のコイツに、創作の何たるかを理解させるには。
そもそも何で彼女、コイツと付き合おうと思った!?
「お前はまず、創作がいかにデリケートなものかを分かってない。
創作とはつまり、己の感情の発露だ。
己のうちに潜む激しい感情――憤怒に悲哀に愛に嫉妬といった様々な心を、いかに作品として昇華させるか。
お前の彼女のやっているのはそういう、非常に繊細な作業なんだ」
「ゴメン、全然分かんない」
チクワは相変わらずポカンとしたアホ面のままだ。
仕方がない。気は進まないが、こうなったらもう……!
「つまりだな。
創作ってのは、ものすごく乱暴な表現をすれば、オ×ニーだ」
「ヘッ!?」
さすがに面食らってドン引きするチクワ。
それでもいい。これでコイツの彼女が少しでも救われるなら!
「つまり彼女がしているのは、いわゆるG行為と言い換えても差し支えない。
創作とは、そのG行為をいかにして他人に見せられる作品にまで仕上げるか。その勝負の積み重ねと言っても過言じゃないんだ」
「……お、Oh……
そうだった、のか……」
「他人の目を意識していない創作物が何故つまらないのか。時には怒りすら感じるのか。
また、過去に書いた未熟な自作品を見た時、何故人は黒歴史にしたがるのか。
――その理由がこれだ。
人の目に触れる作品として昇華出来ておらず、ただただ自分の×液を下着にぶちまけただけのグロ画像出してるようなモンだからな」
「ひ、ヒィイ! 嫌なトラウマ思い出すからヤメテェ!!」
ここまで説明して、ようやくチクワも納得したのか。
真っ青になりながらすっかりシュンとしてしまった。
「つまり、その……
ボクがやったことってのは」
「そう。
アレしてる真っ最中に脳内に浮かぶ文言を、ほんの一部でも他人にそのまま音読されたら――
と考えたら、どうだ?」
「で、でも、ボクはカレシだよ?
他人じゃないし、言うなれば身内じゃん!」
「お前、身内にオ×ニー見られたいの?」
「ぐふっ……!?」
「身内だからこそ、一番聞かれたくないっていうのもあるだろ。
身内なら何でも打ち明けて当然と思っているなら、その考えは改めた方がいい」
「うぅ……何となく分かったよ」
やっと、どうにか少しでも理解できたのか。
しかしそれでも、不満そうにぶすっと膨れるチクワ。
「でもさぁ……
カノジョ、作業中は全然ボクの相手してくれないんだよ。
淋しくてつい、声かけたくなるじゃん?」
「そりゃそうだろ。
何なら、作業中は出来るだけ他人を視界に入れたくない、一人にしてほしい!まであるだろうな」
「部屋が狭いからそうもいかないけどね。
そうなるとボクずっと、隣にカノジョがいるのに一人でゲームやってるぐらいしかなくってぇ~……」
むぅ……
さすがにその状態は少し可哀想かも知れない。
しかしチクワは再び何か閃いたのか、「そうだ!」と突如ガッツポーズを決めてみせた。
「創作がG行為だっていうのなら!
カレシたるボクのやることは、最初っから決まっているじゃないか!!
というわけで今日ボクは有給とるから、後の仕事ヨロピク~!!」
「あ、オイ!
昨夜の仕事もまだ残って……」
俺の叫びなどまるで聞かず、脱兎のごとく駆け去っていくチクワ。
「待っててくれよ大事な大事な子猫ちゃん♪ 今すぐ欲求不満を解消させてあげるからね~!!」
翌朝。
チクワはマンガみたいなタンコブを山の如くこしらえて出社してきた。
着ているスーツも昨日のまんまだし、しかも何故かボロボロ。
「何があった」
「一人えっちするレベルに寂しかったのなら、ボクと一緒にベッドで仲良ししよう!!
……って思いっきり抱きついたら、ボコボコにされた挙句家から追い出された」
すまない。本当にすまない!
これは勿論チクワではなく、見知らぬ彼女さんへの謝罪だ。
「う、うわあぁあん!
ボクという存在がありながら一人でそーいうことばっかりするなら、二人で普通にした方が絶対キモチイイに決まってるのにぃ~!!」
「いや、それとこれとは全く話が別でな、その……」
「わぁあぁあん! カノジョはボクを愛してないってこと!?
ボクより創作の方が大事なのー!?」
「滅茶苦茶面倒くさいメンヘラになるな」
あぁ……
創作経験ゼロのコヤツに色々分からせるには、まだまだ時間がかかりそうだ。
Fin
カノジョが小説書いてる時に背後から覗き込んでタイトルを音読したらメチャクチャボコられた件 kayako @kayako001
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