第8話 強盗
「事故かな?」
「店長が、店長がカウンターにいたはずなんです」
車両で
「誰かいるの?まずいな」
真っ黒な車体を持つ巨大なRV車のエンジンは、いまだに唸りを上げ続けている。鼻を突く刺激臭からすると、車体のどこかからガソリンが漏れているかもしれない。引火したら店の中はあっという間に炎に包まれてしまう。
黒い雄牛のようなRV車を見つめている楓の肩を揺すると、楓は正気に返ったような面持ちでおれを見返してきた。
「きみは119番して救急車を呼んでくれ。おれは車の下を探してみる」
事故なら警察も呼ばなければならないのだろうが、今はとにかく怪我人の救助だ。
おれはRV車に近づき、車体の下を覗き込んだ。唐揚げやらポテトが散乱する床と車体の間に、楓と同じ緑の制服を着た男の姿が見えた。
「大丈夫ですか?今助けますから」
男の腰の上に、RV車の巨大な後輪が乗り上げている。おれの声が聴こえたのか、男の口から弱々しい呻きが聞こえたが、満足な返答は返ってはこない。おれ一人の力でこの車体を動かすのは無理だと判断し、おれはスマホを取り出し警察に連絡しようとした。
「ちょっと待て、お前。どこに電話しようってんだ?」
真っ黒なRV車の真っ黒な窓が開き、助手席に座った男と目があった。さしておれと年齢が変わらなそうな見た目だが、銀髪に染めた髪をスキンフェードにしている見るからに危なそうな男だった。
「け、警察に」
「ちょっと事故っただけだからさ。警察なんか呼ばないでよ」
「えっ、な、なんで」
おれは首を巡らし、店の中の
「ま、呼ばなくてもそのうち来るんだけどよ」
ドアを開けて車外に出てくると、派手な赤のジャケットに付着したガラスの欠片を払いながら、男はおれに笑いかけてきた。
「連れが運転しくじっちまったんだよ。誰だってしくじることはある。だからさ、お巡りなんか呼ばないで、見なかったことにしてくんねぇかな」
「でも、怪我人がいるんです」
男の言う事がおれにはさっぱり理解できなかった。今は一刻も早く助けを呼ぶべきだ。
「怪我人?ああ、この下?」
男は車体の下を覗き込むと、男は顔を上げて首を振った。
「ありゃあ駄目だ。もう助からねぇよ。だからさ、スマホを寄こしな」
男が右手を差し出した。おれの手にしているスマホを取り上げ、通報を
「助からないって、なんでそんなことが判るんですか。とにかくあそこから引きずり出さなきゃ」
男が首を傾げ、大きく溜息を吐く。
「
そういうと男は助手席の窓に首を突っ込み、大声を上げた。
「昌二。車の下にいる奴を始末しろ」
反対側のドアが開き、ごつい体格の男が車外に出て来た。昌二と呼ばれたその男は、腰のベルトから大型のハンティングナイフを引き抜きいた。
「今から気の毒な野郎に
銀髪が
「待て、待ってくれ。スマホは渡す。だからその人を刺すな」
昌二が動きを止めた。銀髪はおれの手からスマホを受け取ると、床に叩きつけてバラバラにしてしまった。
「うん。これでよし。すっきりした。これ古い機種だろ?そろそろ買い替えの時機だよな」
銀髪は友人のようにおれの肩を抱くと、RV車のリアハッチを開いて中を見せた。
「でさ、ちょっと頼みたいんだけど」
RVの荷台には、銀色のジェラルミンケースがふたつ並んで置かれていた。この種類のケースは見たことがある。だいたいが映画かテレビで、中には札束が詰まっている。
「こいつを持って、おれと昌二のあとをついてきてほしいんだよな」
貧弱なおれの肩をパンパンと叩きながら、銀髪が歯を剥き出して笑った。
「お、体
銀髪は勝手に頷き、ケースを手前に引き寄せた。
「1個20キロあるんだけど、お前なら楽勝。おれらが別の車
これだけの事故を起こしておいて、警察を呼ぶなという。つまりこの二人組は、警察を呼ばれてはこまる物を運んでいるということだ。
「強盗なのか?」
「言葉悪いね、きみ。これはな、お願いして渡して貰ったんだよ。現金輸送車の人に
男は上着を
「さて、急ごうか。のんびりしてるとお巡りさん来ちゃうからさ」
「犬養さん」
おれと銀髪は声のする方に顔を向けた。車の脇に、スマホを持った楓が立っていた。
「あの、救急車呼びました。店長は、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。ぴんぴんしてる」
おれの代わりに銀髪が答えた。
おれは楓に逃げろと言うとしたが、おれの背後には昌二がいて、おれの背中にナイフを突きつけている。
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