第一章 黒いパペット
第2話 蔵の中
園長先生に鍵を借り、保育園の東にある古い土蔵の扉を開いた。金属製の両開き扉の奥に、
「あの野郎!」
今週中に土蔵の中を整理しておけと、おれは
土蔵の中には新旧含めたありとあらゆる備品やダンボールが
「どうするんだよ、これ」
土蔵の中に足を踏み入れ、おれは辺りを見回した。まだ夕方といっていい時間だが、雨雲のせいで蔵の中は思った以上に暗く、大量に積み上げられた物品のせいで見通しも悪かった。
「床、
おれは
あと少しで出口というところで、おれの足が何かに
「うおっ」
派手に埃を巻き上げ、おれは備品の山の中に倒れ込んだ。
「痛っ」
倒れた体を起こそうとしたが、右足が痺れて動かない。恐る恐る目を向けると、折れた骨が
「やばいな。電話。電話しなきゃ」
パニックならないよう自分に言い聞かせながら、おれは体を捻って仰向けになりズボンのポケットからスマホを取り出し、事務所の番号に連絡した。土蔵から事務所までは30メートルもないから、園長先生やユキミ先生が出てくれればすぐに助けを呼んでくれる。
しかし、いつまでたっても電話は
「カミナリ、電波障害か・・・・・」
痛みとパニックのせいで忘れていたが、蔵の外では稲妻が光り、地を揺らすほどの雷鳴が鳴り響いている。そのせいで電波障害が起きているのかもしれない。
スマホのライトで傷口を照らしてみると、傷口から鮮血が流れ出て床に血溜まりを作っている。血液の色と量からして、折れた骨が動脈を傷つけた可能性が高い。
「やばい。これ死んじゃうやつだよ。どうしよう」
スマホのライトで照らして辺りを見回したが、止血に都合のいい布切れなどどこにも見当たらない。
仕方なく上着を抜いで止血しようとスマホを床に置いた瞬間、手が
「あっ!」
スマホを落とした穴に右手を差し込んだ。穴からはスマホのライトが放つ光が漏れてきている。
おれの右手が何かに触れた。夢中で手を動かすと、指の先に
「なんだよこれ。なんでこんなものが」
木箱を脇に置いて再び右腕を穴の中に差し込んだが、いくら伸ばしてもスマホに指が届かない。
「助けて。だれか助けて下さい」
パニックに呑み込まれ、おれは身もだえしながら叫んだ。右脚の出血は一向に収まらず、おれの服は自分の流した血で真っ赤に汚れていく。
「最後に見つけたのが、こんなものなんて」
箱に絡みついている布を
爪で
左手で木箱を固定し、力任せに右手で上蓋を持ち上げる。
「なんだよこれ」
箱の中に入っていたのは、犬を
「最低だ。ほんと、おれの人生って笑えるくらいに最低だ。いいことなんてひとつもない」
投げ捨てる気で、犬のぬいぐるみを
「うわっ」
凄まじい
「こいつ生きてるみたいだ」
触れた瞬間、生きている獣の肌に触れたようなぬくもりと、体内に水分を
「手袋、いや、ハンドパペットか」
手袋のように手を差し込み、手のひらで動かすタイプの人形だ。後ろ足が無い代わりに、親指と小指を前脚に差し込むことで動かせる。
失いそうな意識の中で、おれは不細工な犬のぬいぐるみの中に左手を差し込んだ。
「これで一人じゃないな。お前と一緒だ」
おれは目を閉じ、全身の力を抜いた。
耳元で何かが動き、
おれは閉じていた目を開いて音の出どころを探った。死を覚悟したおれですら気味が悪い不快な獣の
「どこだ?」
おれは視線を闇の中に
「どこにいる?」
床下から
「わっ」
おれの目が、獣毛に
「な、なんだお前」
鼻づらに
「フン、フン」
鼻を鳴らしながら、辺りを
「ウウゥ~!」
今にも飛び掛かってきそうな勢いで狼が唸りを上げる。だが
「お前、さっきの人形か?」
狼に
「ハ、ハーン」
狼が声を上げた。先程までの獣の唸りとは異なり、人の声のようだ。というか、それはそのまんまおれの声だ。
「ハハーン?なんだそれ、お前の名前か?」
狼が動揺して
「逃げるなよ。お前さっきの人形だよな?そうだろ?そうなんだよな」
顔を近づけて詰問すると、狼は前脚で顔を隠し、身を固めた。
「おい、なんとか言えよ。お前、なんなんだ?」
前脚が開き、狼が顔を突き出した。束の間、おれと狼は鼻と鼻を突き合わせて
「ハッハ~ン!」
叫ぶと同時に狼の頭が不意に巨大化した。それはアラスカの森林に生息する、本物の灰色狼と同等の大きさを持っていた。巨大な灰色狼は、おれの顔目掛けて強大で凶暴なその
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