第12話
「こんな生活は自分を罰してるところもあるのかもしれんね」
「え?」
民子はじっと自分の指先を凝視している。
そしてつまらなそうに、いじり始める。
民子の爪は縦長のきれいな形をしていた。
色をのせているのか、民子が指をいじるたびに、蛍光色がきらきらと闇を泳ぐ。
蛍のようだと思った。
「これでも昔はいいところの奥様だったこともあるのよ」
民子は誇らしげに笑った。
こんな女にも自己顕示欲があるのだと秀行は感心する。
「その後も結婚しようって言ってくれた人も居た。その人もお金持ちになった人だったわね」
全部嘘だろう。
いや、本当かもしれない。
基晴の言う通り、この女が度外れたあげまんなら。男たちを「あげ」てきた話なのではなかろうか。
ならば興味のある話だった。
秀行は身構え、民子を凝視した。
すると、民子が黙りこむ。
秀行が話を継ぐために何かを言わなければと思ったとき、民子が再び口を開いた。
「うちにはどっか後ろめたいところがあったんよ」
「後ろめたい?」
「そう、後ろめたい気持ち。自分が、自分の悪運があの人をダメにしてしもうたような気がして。そう思えて、仕方がなかったんよ」
「・・・」
「うちみたいな運のない、不幸な女を見初めて、嫁にして、そのことがあの人の転落に繋がったような気がして・・・」
民子は消えた旦那のことを何度もあの人と言った。
親しみをこめた呼び方だった。
民子の昔話は簡潔だった。
自分のような客に、何度も話して聞かせていたのかもしれない。
民子の旦那は、小倉にある貿易会社の二代目社長だったそうだ。民子はそこの事務員をしていたらしい。
社内で忌み嫌われていた民子を、旦那の和男は嫁にすると言い、周囲の反対を押し切った。
しかし、その後がいけなかった。
会社は傾き、和男は蒸発した。民子は返せるはずもない借金を背負い、中州のソープ嬢になった。
中洲からどうして小倉に戻ってきたのだろう。
旦那との思い出があるからか。聞いてみたかったが、秀行は黙って民子の話しを聞き続けた。
「ソープで働いとるとき、私、ある人にお金をあげたんよ。少なくはないお金を。その人に立ち直ってほしくてね」
ついに男をあげた話か。秀行は再び身構える。
「その人、立ち直ったんですか?」
「うん。大金持ちになっちょるよ」
民子に「あげ」られ金持ちになった男。
それでも民子を決して迎えにはこない男。
秀行は民子が哀れになる。
「あの人もどっかの街で、こんなふうに肉体労働で手にした金を握り締めて、酒臭い汗をかきながら女を抱いてるのかと思うと、うち、たまらんかったんよ。何かしてやりたかったんよ。どうにかして、詫びたかったんよ」
民子が何かしてやりたかったのは、後に金持ちになった男で、詫びたかったのは旦那の和男だろうか。
そう言って困ったように薄く笑った民子は美しかった。
きれいな女を見て儚いと思ったのは初めてだった。
秀行の知るきれいな女は皆、若く、華やかだった。
こういう女の美しさもあるのだと、秀行はなかば感心して薄闇の中、民子を凝視した。
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