第10話
闇夜のせいだろうか、そこは廃墟のように見えた。
だから民子がそこのドアを開けたとき、秀行はぎょっとした。
一階は小さなスナックになっていた。二階は住居になっているのだろう。
さきほど女たちが立っていた路地にあるスナックと同じ造りだった。
一階の長細いカウンターを通りぬけ、二階に進む。
二階にあがると、民子は小さな明かりをつけた。
部屋の中は整頓されている。生活の臭いがした。
外観の荒れた様子からは想像もできないほど、清潔な空間がひろがっている。
「うちの母ちゃんもここで男に抱かれとったんよ」
「え?」
「冗談」
民子はいたずらっぽく笑った。
「さ、どうぞ」
民子は秀行を部屋に招き入れた。
和室に布団が敷かれていた。
民子がスルスルとかげろうの羽のような薄い洋服を脱いでいく。
秀行は硬直した。
ここでするのだ。この女と。
秀行は女を知らなかった。
「どうしたの?」
優しい口調で民子の言ったどうしたの? が秀行の頭の中で、初めてなの? に変換される。
馬鹿にしやがって、商売女が。
おまえがあげまんじゃなければ、こんなとこの来なかったのに。
秀行は服を解いている民子を後ろから抱きすくめた。
並外れた香水の匂いが鼻腔をつく。嫌な感じはしなかった。
女の匂いも部屋の臭いも、何もかも消してしまうほどの人工的な匂いがむしろありがたかった。
こんな女、こんな女、自分の初めての女にはふさわしくない。
受験がなければ、こんな場所で女を知ることもなかったのに。
秀行は初めて家族や生まれ落ちた場所について、呪詛のような思いを抱く。
それは経験したことのない類の屈辱だった。
それでもこれからはじまることを思うと、いくばくかの期待があるのか。
秀行のそこは力を帯びはじめ、抱きすくめた民子の薄い背中をゆっくりと押し上げた。
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